ユリゴコロ 映画 ネタバレ。 映画『ユリゴコロ』ネタバレあらすじ結末|映画ウォッチ

ユリゴコロ 映画 あらすじ2 ネタバレ含

ユリゴコロ 映画 ネタバレ

\ユリゴコロのおすすめ配信サービスはこちら/ 配信サービス 配信状況 無料期間 月額500円 31日間無料 月額933円 2週間無料 月額1958円 30日間無料 月額1990円 31日間無料 公開日 Fri Sep 22 2017 11:00:00 GMT-0400 EDT キャスト 監督・脚本:熊澤尚人 原作:沼田まほかる 出演:吉高由里子 松坂桃李 松山ケンイチ 佐津川愛美 清野菜名 清原果耶 木村多江 配給 東映、日活 製作国 日本(2017) 上映時間 128分 あらすじ: ユリゴコロを求める女性がたどる数奇な人生 父親のガンが発覚し実家を訪ねた亮介は、書斎の押入れから「ユリゴコロ」と書かれたノートを発見する。 そこには、人を殺さずにいられないという美紗子という女性の手記が書かれていた。 幼稚園時代、中学生時代とそれぞれに平気で人を殺してきた美紗子の手記を、亮介は憑かれたように読み進めていく。 ちょうどその頃、カフェを経営している亮介の婚約者・千絵が失踪。 そして千絵のかつての同僚だったという細谷という女性が亮介を訪ねてくる…。 みどころを解説(ネタバレなし) 第14回大藪春彦賞を受賞した沼田まほかるのミステリー小説を、『君に届け』『近キョリ恋愛』の熊澤尚人監督が映画化した本作。 青春恋愛映画のイメージが強い熊澤尚人が、殺人者の心理に迫るミステリーに挑戦し、新境地を開いている。 笑顔を封印し、殺人以外で心の穴を埋めることができない女性の心境と変化の過程を見事に演じている。 美紗子に人生を狂わせられる男性二人を演じる松坂桃李と松山ケンイチも、真実を知る苦悩と葛藤をリアリティたっぷりに表現。 熊澤尚人監督と同じく、三人のメインキャストもこの作品で新境地を開いたと言えるだろう。

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映画ユリゴコロの意味と細谷さんとは誰?小説の後味はイヤミスの声も

ユリゴコロ 映画 ネタバレ

群馬県。 亮介は山奥のコテージで、レストラン『shaggy head』を経営する若い男性です。 店のオープン前にぶらりと現れ、そのまま開店の手伝いをしてくれた若い女性・千絵と愛し合うようになった亮介は、千絵と結婚するつもりでした。 店を訪れた亮介の父にも紹介します。 ところが千絵はその直後、突然、亮介の前からいなくなりました。 風邪で欠勤するという電話がかかり、その日の仕事の後に亮介が千絵のアパートを訪ねると、部屋はからっぽでした。 千絵を失った亮介はやる気を喪失し、店も経営不振に陥ります。 同じ時期、亮介の父がすい臓がんの末期だと判明しました。 父は抗がん剤での治療を望まず、薬だけもらって自宅で余生を過ごしたいと言います。 ある日、亮介が父の元を訪問すると、父は留守でした。 生家を久しぶりに見て回った亮介は、押し入れの段ボール箱の中に、茶封筒を見つけます。 中には1冊の大学ノートが入っており、表紙には『ユリゴコロ』と書かれていました。 ノートをぱらぱらとめくると、手書きの小さな文字がぎっしりと並んでいます。 最初の一文は「私のように平気で人を殺す人間は、脳の仕組みがどこか普通とちがうのでしょうか」とあり、亮介は引き込まれるように読み始めました…。 〔ユリゴコロのノート〕 …美紗子は少女時代から、感情の起伏の少ない子でした。 ほとんどしゃべることがありませんでした。 母の不安で医者の診察を受けた美紗子は、絵を見せられて「これは何か」と問われます。 診察した医者は「ユリゴコロがない」と、美紗子の母に話していました。 美紗子はそれを聞きかじります。 美紗子は初めての場所に行くのが苦痛でした。 目に見えないたくさんのトゲが、自分を突き刺すように感じるのです。 いつも恐怖を感じていた美紗子は、自分に刺さるトゲをオナモミ(別名「ひっつき虫」とも呼ばれる、果実にトゲがあって衣服に付着する植物)のように受け止めました。 そういう恐怖を感じるのも、すべて自分にユリゴコロがないからだ…そう、美紗子は思います。 ユリゴコロを探していた美紗子はある日、ある人形に目が釘づけになりました。 初めて見た瞬間から、それが自分にとってのユリゴコロだと感じたのです。 買ってもらう前から、美紗子は人形に「ユリコ」という名をつけていました。 母に買ってもらったその人形は、ミルク飲み人形でした。 口から液体を入れると、股の付け根から液体が出てくるものです。 美紗子は口からではなく、股の付け根から液体を注入していました。 ユリコが美紗子のユリゴコロになり、美紗子は少しだけしゃべれるようになります。 やがて美紗子にも、人間の友だちができました。 ミチルという少女の家に遊びに行った美紗子は、屋敷の隅に井戸を見つけます。 井戸には蓋がなされていましたが、蓋にある節穴を見つけた美紗子は、アジサイの葉の上に乗っていたカタツムリを入れました。 美紗子はその遊びに夢中になります。 その日から、ミチルの家に遊びに行くと、美紗子は必ずその節穴に何かの生き物を入れるようになりました。 トカゲやミミズ、ナメクジなどを入れるのです。 ある雨の日、節穴に入れる生き物を探している美紗子に、赤い傘をさしたミチルが声をかけました。 美紗子は自分の帽子の中に入れた、カエルをミチルに見せました。 驚いたミチルは池に落ち、倒木の枝が足にひっかかり、あおむけになったまま溺死します。 ミチルが溺れ死ぬのを見ながら、美紗子は今までに味わったことのない、不思議な感覚を抱いていました。 その日から、死が美紗子にとってのユリゴコロになりました。 美紗子もやがて中学生になりますが、その頃には自分は他者とは違うと自覚していました。 相変わらず美紗子は、死に強く惹かれています。 夏の日、兄妹と思しき2人組の少女が、風で帽子を飛ばしました。 それが鉄板の隙間に入り、兄は隙間から取ろうとしました。 通りがかった青年がそれを見つけ、少年が帽子を取りやすいよう、重い鉄板を持ちあげます。 美紗子はそれを手伝う振りをして、少年が帽子を掴んだ瞬間、鉄板から手を放しました。 美紗子が急に手を放したので、青年だけでは支えきれず、少年は鉄板に挟まれて死亡します。 それを見た美紗子は、深い満足を得ました。 この頃になると、美紗子も幼少期に聞いた「ユリゴコロ」が「よりどころ(拠り所)」だということに、気づいていました。 しかし、そんなことはたいした問題ではないと、美紗子は思います…。 …そこまで読んだところで、父が帰宅しました。 亮介は急いでノートを戻します。 何事もなかったかのように父に茶を出しながら、亮介はいっぽうで、ノートの続きが気になって仕方ありませんでした。 末期がんの父のために、生家に戻ってこようかと亮介は言いますが、父は「仕事しなさい」と答えます。 生家から亮介の店までは距離があり、通うのは大変でした。 自分の家に戻ってからも、亮介はノートのことが気にかかって仕方ありません。 亮介の父は、塾の講師をしていました。 ノートの内容はとてもフィクションとは思えない生々しさがあり、亮介は誰がその手記を書いたのか、気になります。 千絵が消えて落胆する亮介の店に、細谷という中年女性が訪ねてきました。 細谷は千絵と親子ほどの年齢が離れていますが、横浜の職場で親しくなったと亮介に話します。 細谷は3日前に千絵と再会し、急いでいる様子の千絵からこの店の名前を聞いたと言いました。 細谷は千絵に何かあったのかと聞き、亮介は千絵と婚約していることを話します。 岡山にいる千絵の両親に挨拶に行く直前まで話が進んだところで、千絵は失踪しました。 その話を聞いた細谷は、千絵を探すと言い出します。 原作との相違点。 以後は原作のほうを記す。 「本当はノートは4冊」「亮介はドッグラン併設の喫茶店を経営。 映画では犬を連れた客はいるものの、レストランメイン」 「亮介には腹ちがいの弟あり、末期がんの父に加え、介護が必要な入院する祖母もいる」 「亮介が母だと思っている英実子がいるが、父のガンが発覚後、交通事故死」 (原作では亮介の幼少期に、母が入れ代わる。 母の妹・英実子が美紗子として生きつづけ、母が死んだことになり行方をくらます。 母方の両親も、この入れ代わりにひと役買う) 「細谷は亮介の店のスタッフ」「ラスト、細谷は父を連れて車でいずことへもなく去っていく」 時間の制限もあってなのだろうが、登場人物が大幅に削減されている。 個人的に残念だと思ったのが、映画では「私」は最初から女として描かれているところ。 原作では亮介が「私」とは男か女か悩むシーンもある。 結果、ポスターなどで銘打っている「圧倒的な愛」の質が異なってしまっている…もったいない。 それを差し引きしたとしても、原作未読であればまた違った楽しみ方ができると思う。

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映画「ユリゴコロ 」ネタバレあらすじと結末・みんなの感想

ユリゴコロ 映画 ネタバレ

群馬県。 亮介は山奥のコテージで、レストラン『shaggy head』を経営する若い男性です。 店のオープン前にぶらりと現れ、そのまま開店の手伝いをしてくれた若い女性・千絵と愛し合うようになった亮介は、千絵と結婚するつもりでした。 店を訪れた亮介の父にも紹介します。 ところが千絵はその直後、突然、亮介の前からいなくなりました。 風邪で欠勤するという電話がかかり、その日の仕事の後に亮介が千絵のアパートを訪ねると、部屋はからっぽでした。 千絵を失った亮介はやる気を喪失し、店も経営不振に陥ります。 同じ時期、亮介の父がすい臓がんの末期だと判明しました。 父は抗がん剤での治療を望まず、薬だけもらって自宅で余生を過ごしたいと言います。 ある日、亮介が父の元を訪問すると、父は留守でした。 生家を久しぶりに見て回った亮介は、押し入れの段ボール箱の中に、茶封筒を見つけます。 中には1冊の大学ノートが入っており、表紙には『ユリゴコロ』と書かれていました。 ノートをぱらぱらとめくると、手書きの小さな文字がぎっしりと並んでいます。 最初の一文は「私のように平気で人を殺す人間は、脳の仕組みがどこか普通とちがうのでしょうか」とあり、亮介は引き込まれるように読み始めました…。 〔ユリゴコロのノート〕 …美紗子は少女時代から、感情の起伏の少ない子でした。 ほとんどしゃべることがありませんでした。 母の不安で医者の診察を受けた美紗子は、絵を見せられて「これは何か」と問われます。 診察した医者は「ユリゴコロがない」と、美紗子の母に話していました。 美紗子はそれを聞きかじります。 美紗子は初めての場所に行くのが苦痛でした。 目に見えないたくさんのトゲが、自分を突き刺すように感じるのです。 いつも恐怖を感じていた美紗子は、自分に刺さるトゲをオナモミ(別名「ひっつき虫」とも呼ばれる、果実にトゲがあって衣服に付着する植物)のように受け止めました。 そういう恐怖を感じるのも、すべて自分にユリゴコロがないからだ…そう、美紗子は思います。 ユリゴコロを探していた美紗子はある日、ある人形に目が釘づけになりました。 初めて見た瞬間から、それが自分にとってのユリゴコロだと感じたのです。 買ってもらう前から、美紗子は人形に「ユリコ」という名をつけていました。 母に買ってもらったその人形は、ミルク飲み人形でした。 口から液体を入れると、股の付け根から液体が出てくるものです。 美紗子は口からではなく、股の付け根から液体を注入していました。 ユリコが美紗子のユリゴコロになり、美紗子は少しだけしゃべれるようになります。 やがて美紗子にも、人間の友だちができました。 ミチルという少女の家に遊びに行った美紗子は、屋敷の隅に井戸を見つけます。 井戸には蓋がなされていましたが、蓋にある節穴を見つけた美紗子は、アジサイの葉の上に乗っていたカタツムリを入れました。 美紗子はその遊びに夢中になります。 その日から、ミチルの家に遊びに行くと、美紗子は必ずその節穴に何かの生き物を入れるようになりました。 トカゲやミミズ、ナメクジなどを入れるのです。 ある雨の日、節穴に入れる生き物を探している美紗子に、赤い傘をさしたミチルが声をかけました。 美紗子は自分の帽子の中に入れた、カエルをミチルに見せました。 驚いたミチルは池に落ち、倒木の枝が足にひっかかり、あおむけになったまま溺死します。 ミチルが溺れ死ぬのを見ながら、美紗子は今までに味わったことのない、不思議な感覚を抱いていました。 その日から、死が美紗子にとってのユリゴコロになりました。 美紗子もやがて中学生になりますが、その頃には自分は他者とは違うと自覚していました。 相変わらず美紗子は、死に強く惹かれています。 夏の日、兄妹と思しき2人組の少女が、風で帽子を飛ばしました。 それが鉄板の隙間に入り、兄は隙間から取ろうとしました。 通りがかった青年がそれを見つけ、少年が帽子を取りやすいよう、重い鉄板を持ちあげます。 美紗子はそれを手伝う振りをして、少年が帽子を掴んだ瞬間、鉄板から手を放しました。 美紗子が急に手を放したので、青年だけでは支えきれず、少年は鉄板に挟まれて死亡します。 それを見た美紗子は、深い満足を得ました。 この頃になると、美紗子も幼少期に聞いた「ユリゴコロ」が「よりどころ(拠り所)」だということに、気づいていました。 しかし、そんなことはたいした問題ではないと、美紗子は思います…。 …そこまで読んだところで、父が帰宅しました。 亮介は急いでノートを戻します。 何事もなかったかのように父に茶を出しながら、亮介はいっぽうで、ノートの続きが気になって仕方ありませんでした。 末期がんの父のために、生家に戻ってこようかと亮介は言いますが、父は「仕事しなさい」と答えます。 生家から亮介の店までは距離があり、通うのは大変でした。 自分の家に戻ってからも、亮介はノートのことが気にかかって仕方ありません。 亮介の父は、塾の講師をしていました。 ノートの内容はとてもフィクションとは思えない生々しさがあり、亮介は誰がその手記を書いたのか、気になります。 千絵が消えて落胆する亮介の店に、細谷という中年女性が訪ねてきました。 細谷は千絵と親子ほどの年齢が離れていますが、横浜の職場で親しくなったと亮介に話します。 細谷は3日前に千絵と再会し、急いでいる様子の千絵からこの店の名前を聞いたと言いました。 細谷は千絵に何かあったのかと聞き、亮介は千絵と婚約していることを話します。 岡山にいる千絵の両親に挨拶に行く直前まで話が進んだところで、千絵は失踪しました。 その話を聞いた細谷は、千絵を探すと言い出します。 原作との相違点。 以後は原作のほうを記す。 「本当はノートは4冊」「亮介はドッグラン併設の喫茶店を経営。 映画では犬を連れた客はいるものの、レストランメイン」 「亮介には腹ちがいの弟あり、末期がんの父に加え、介護が必要な入院する祖母もいる」 「亮介が母だと思っている英実子がいるが、父のガンが発覚後、交通事故死」 (原作では亮介の幼少期に、母が入れ代わる。 母の妹・英実子が美紗子として生きつづけ、母が死んだことになり行方をくらます。 母方の両親も、この入れ代わりにひと役買う) 「細谷は亮介の店のスタッフ」「ラスト、細谷は父を連れて車でいずことへもなく去っていく」 時間の制限もあってなのだろうが、登場人物が大幅に削減されている。 個人的に残念だと思ったのが、映画では「私」は最初から女として描かれているところ。 原作では亮介が「私」とは男か女か悩むシーンもある。 結果、ポスターなどで銘打っている「圧倒的な愛」の質が異なってしまっている…もったいない。 それを差し引きしたとしても、原作未読であればまた違った楽しみ方ができると思う。

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