ユニコーン マシュマロ。 ‎「ユニコーンスライム: お料理ゲーム

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ユニコーン マシュマロ

この項目では、のについて説明しています。 その他の用法については「」をご覧ください。 非常に獰猛であるが人間の力で殺すことが可能な生物で、処女の懐に抱かれておとなしくなるという。 角にはなどので汚されたを清める力があるという。 海の生物であるの角はユニコーンの角として乱獲されたとも言われる。 コンラート・ゲスナー( — ) 『動物誌 第1巻 胎生の四足動物について』より、、、。 ユニコーンは、そのほとんどが、の、の、二つに割れた を持ち、の中央にの筋の入った一本の長く鋭く尖ったまっすぐなをそびえ立たせた、のをした白いの姿で描かれた。 また、、、に似た姿で描かれることもあった。 角も、必ずしもまっすぐではなく、なだらかなを描くこともあれば、弓なりになって後ろの方へ伸びていることもあり、の上に生えていることもあった。 ユニコーンは、のように大きいこともあれば、貴婦人のに乗るほど小さいこともあった。 時には様々なの体肢を混合させてできた生き物であった。 ユニコーンとには医薬的、宗教的な関係があるため、の尾をつけて描かれることもあった。 では時おりを生やしていることすらあった。 の毛色も、のような黄褐色、シカのようなと変わっていったが、最終的には、再び輝くばかりのとなった。 の『』(ベスティアリ, Bestiary, )の中で、モノケロースとユニコーンはしばしば同じものとして扱われるが、中にはそれぞれを別のものとして扱うものもある。 その場合、モノケロースはたいがいユニコーンより大きく描かれ、角も大きく非常に長い。 またモノケロースのには処女が一緒に描かれていない。 のの( — )が『聖アントワーヌの誘惑』( La Tentation de saint Antoine, )第7章の中で一本のを持つ美しいとしてユニコーンを登場させ、ではその姿が一般的なとなっている。 生態 [ ] モレット・ダ・ブレシア 「一角獣を連れた聖ユスティナと寄贈者」 、 — 頃、、。 ユニコーンは極めて獰猛で、力強く、勇敢で、相手がであろうと恐れずに向かっていくという。 足が速く、その速さはやにも勝る。 は長く鋭く尖っていて強靭であり、どんなものでも突き通すことができたという。 例えば、のの(頃 — )が著した『語源集』( Etymologiae, — )第12巻第2章第12 — 13節には、ユニコーンの強大な角の一突きはゾウを殺すことができるとある。 このユニコーンとゾウが戦っているが『クイーン・メアリー詩篇集』( The Queen Mary Psalter, — 頃、蔵)に載っている。 また、のスコラ哲学者、自然科学者の(頃 — )は『動物について』( De animalibus, 年代不詳)第22巻第2部第1章第106節で、ユニコーンは角をで研いで鋭く尖らせて、戦闘に備えているという。 ユニコーンを人の力で殺すことはできても、生け捕りにすることはできなかったという。 たとえ生きたまま捕らえられたとしても、飼い馴らすことはできず、激しい逆上の中、してしまうという。 この逃げ方は、、、、(盤羊, Ovis ammon)に見られるものである。 [ ]( — )はユニコーンをに連れて来て見世物にさせたという。 ユニコーンの角には水を浄化し、毒をするという不思議な特性があるという。 さらにやなどのあらゆるを治す力を持っているという。 この角を求めて人々は危険を覚悟で、ユニコーンを捕らえようとした。 の『』(KHM 20)には、仕立屋が国を荒らすユニコーンを捕まえる場面が出てくる。 仕立屋は、ユニコーンを激怒させると素早く樹の後ろに隠れた。 そこへ怒り狂うユニコーンが仕立屋をめがけて突進して来るが、その武器である貴重な角をうっかり樹に突き刺してしまう。 こうしてユニコーンは、縄で縛られ、王の所に連れて行かれた。 — )の『』(第1章5歌10連)に出て来るも、この方法を使ってユニコーンを出し抜いている。 ユニコーンを捕らえるもう一つの方法はの娘を連れて来てユニコーンを誘惑させて捕まえるというものである。 不思議なことにユニコーンは乙女に思いを寄せているという。 美しく装った生粋の処女をユニコーンの棲むや巣穴に連れて行き、一人にさせる。 すると処女の香りを嗅ぎつけたユニコーンが処女に魅せられ、自分の獰猛さを忘れて、近づいて来る。 そして、その処女の膝の上に頭を置き眠り込んでしまう。 このように麻痺したユニコーンは近くに隠れていた狩人達によって身を守る術もなく捕まるのである。 しかし、もし自分と関わった処女が偽物であることがわかった場合は、激しく怒り狂い、自分を騙した女性を殺してしまうという。 処女を好むことから、ユニコーンは貞潔を表わすものとされ、さらにはがの胎内に宿ったことや、角を一本だけ有するユニコーンと「神のひとり子」 unigentitus とのアナロジーから、キリストにも譬えられた。 しかし一方で、「」などの象徴ともされ、の一つである「」の象徴にもなった。 ( — )は『』の中で「ユニコーンはその不節制さのために自制することを知らず、美しき処女への愛のために自分の獰猛さと狂暴さを忘れて乙女の膝の上に頭を乗せ、そうして狩人に捕らえられる」と言っている。 ここではユニコーンは「不節制」(intemperanza)を象徴するものとされた。 の、の( — )は『の』( La Princesse de Babylone, )第3章の中で、ユニコーンを「で最も、最も誇り高い、最も恐ろしい、最も優しい」( C'est le plus bel animal, le plus fier, le plus terrible et le plus doux qui orne la terre)として描いている。 ユニコーンの角 [ ] 詳細は「」を参照 ユニコーンの角(アリコーン, alicorn )には解毒作用があると考えられ、( — )は大枚をはたいてそれを求めたという。 また、宮廷では食物のの検証に用いられたと伝えられる。 言い伝えによれば、ユニコーンの角は毒に触れると無毒化する効果があるとされたが、後に毒物の成分が含まれた食物に触れると、汗をかくとか色が変化するなどの諸説も生まれたようである。 しかしこれらはに生息する(ウニコール)の角(実際にはである)であった。 これにより後々まで、ウニコールの名称で貴重な解毒薬や解熱剤・の特効薬として珍重され、イッカククジラの角は多数売買された。 しかし一部には、これらウニコールと偽って、の牙を売る事例も後を絶たなかったようだ。 またその一部は経由で、のにも輸入されていた。 当時の医学書には、真面目にウニコールの薬効に関しての記述があった程である。 特に疱瘡の治療薬という部分に関しては、の流行により、非常に高価であったにもかかわらず、飛ぶように売れたと云う記録も残っている。 これは元々、で毒の検知にの角を用いたのが伝播の過程で、一部の夢想家によって作り変えられたもののようだが、実際問題として、当時用いられた毒物でも、性や性の毒物の場合は、動物性タンパク質の変化により、黄変するなりして、毒の検知に役立ったと思われる。 またウニコールは動物性由来器質なので同様にや上記の毒物には黄変する・脆くなるのでその代用とされた。 同様の理由によりのスプーンもイオン交換により変色するので中世以降は貴族のには毒を感知するためのが多く使われるようになった。 また中国ではサイの角の粉末を解熱剤・精力増強剤として扱っているが、興味深いことに、ウニコールが西欧から持ち込まれた際に、の角ともの角とも言われ、解毒や毒の検知に非常に珍重されたとのことである。 古典文学 [ ] にユニコーンを最初に伝えたのは、の島生まれの・、(後半)である。 には、ぐらいの大きさか、もしくはそれ以上の大きさの野生のがいる。 そのは、は暗赤色で、は、そして、に縦 1 (約 44. 46 )ほどの長さの一本のを持つ。 角の根元、額から約 2 (約 14. 25 )の所はで、真ん中は、尖った先端は燃えるようなである。 角で作った杯を飲用に用いれば、を起こすことも、にかかることもなくなり、毒物に対しても免疫効果があり、服毒前もしくは服毒後にこの杯を使って、なり、なり、何がしかの飲み物を飲んでおけばよい。 家畜化されたロバ、他国の野生のロバ、その他の単蹄の動物すべてには、 も、もないが、インドのロバは両方とも持っている。 そのアストラガロスは、私が見てきたものの中で、最も美しく、大きさや形はのそれに似ている。 のように重く、隅々に至るまで肉桂色である。 この動物は、非常に力強く、足が速く、ウマを含め、いかなる動物にも追いつかれることはない。 初めのうちは、ゆっくりだが、長く走ればそれだけ歩様は驚くほど増し、どんどん速くなる。 これを捕まえる唯一の方法は次の通りである。 仔を連れて餌場に現れた時を狙い、大勢の騎馬で取り囲めば、仔を見捨てて逃げることはせず、角を突き出して戦い、蹴り上げ、噛みつき、殺し、狩人にもウマにもすさまじい攻撃を仕掛ける。 だが結局は矢や投げ槍が当たって死ぬ。 生け捕りにすることはできない。 その肉はひどく苦く、食すこともままならないので、角とアストラガロスのためだけに狩られる。 -- 『インド誌』第45節 ユニコーンについての最初の記述は、現在のものとほぼ同じである。 一本の角、解毒効果、俊敏さと獰猛さ、そして、周到な策を巡らして出し抜かなければ真っ向から向かって行っても捕獲できないということなど、既にこの時代からユニコーンの基本的な特徴についてほとんど記されていることがわかる。 しかしは実際にはに行ったことがなかった。 のある動物の大部分は先の割れたを持つが、インドロバと呼ばれる動物は単蹄であるにもかかわらず、角があると伝えられている。 これらの動物の大部分は、左右二本の角を持つが、中には、たった一本しか角を持たないものもいる。 例えば、といわゆるインドロバで、前者は、先の割れた蹄を持つが、後者は単蹄である。 このような動物はの真ん中にが生えている。 -- 『動物部分論』第3巻第2章 (Oryx gazella) さらに、この後、はユニコーンについての理論まで唱えている。 すなわち、インドロバのような単蹄目が一角であることは、双蹄目の動物の場合よりも自然なことであり、それはやがと同じ物質でできているからであり、その原料を蹄に与える場合、その分を角から取ってくることになるからだと言っている。 逆に、ややなどの角のある動物の大部分は、原料が角に使われるので、双蹄になると言う。 しかし、アリストテレスは例外として双蹄だが、一角であるを挙げている。 実際、オリックスは双角であるが、左右の角の付け根が近いので、真横から見ると一本に見えるのである。 また、についても述べられており、ここでも、の報告が引用されている。 の報告から約100年後、もう一人のが、今度は実際にに旅をした。 その中に、のユニコーンについての記述があり、彼はこのユニコーンを現地の言葉に従い、「カルタゾーノス」と名付けた。 ただし、この獣はの一角ロバとは異なった姿をしている。 のある地域(私が話すのは最も内陸の地域である)には、人を近寄せないで一杯の山地があり、そこには、、、、といった私達の知っている動物も生息しているが、人に飼い馴らされることなくその辺りを自由に野生のままで歩き回っている。 その数は非常に豊富であると、インドのもも述べ、その事はも認めているので明らかである。 十分に成長したほどの大きさで、を持ち、羊毛のような柔らかい毛で黄みがかった赤いをしている。 素晴らしい形状の肢をしており、とても足が速い。 そのはがなく、のようで、はのようにである。 はの間に生え、滑らかではないが、の筋が入っており、色は黒い。 その角は非常に鋭く尖っており、強靭であると言われる。 私が聞いた話では、この動物はとてつもなく大きく、耳障りな声を出すと言う。 他の動物にはやさしく、近づくことを許すが、同種族の動物には好戦的な態度を見せると言う。 雄は生まれつき好戦的で、互いに角で激しく突いて戦うだけではなく、雌に対しても敵意のようなものを示すと伝えられており、そこで激しい戦いが、しばしば弱者が死に至るまで繰り広げられる。 確かに、体中に強大な力を持ち、その角の力に耐えられるものはいない。 閑静な草地で草を食い、単独行動を好む。 ただ繁殖期になるとこの獣は雌との付き合いを求め、雌に対してもやさしくなり、それどころか、雌とともに草を食むことすらある。 繁殖期が終わり、雌が身ごもると、インドのカルタゾーノスは再び獰猛になり、単独行動をする。 幼獣はまだ幼い時にプラシアの王の所へ連れて行かれ、祝典や頌詞の日の見世物で互いを戦わせ力強さを見せると言われる。 成獣が今までに捕獲されたことは一度もない。 -- 『インド誌』第15章 の報告の中で、にの筋が入っていることが初めて述べられ、のちにユニコーンの古典的イメージの中に入り込んでいく。 ユニコーンの鳴き声についても、その後のいくつもの報告の中で受け継がれ、反響を呼ぶことになる。 獰猛なユニコーンも、雌がいるとおとなしくなることについて最初に示したのも、メガステネスである。 これらの報告は実見に基づいたものではないが、他の人間、とくにの学者を引き合いに出すことで、正当化している。 しかしこの報告の中のゾウの肢とか、ブタの尾などと言った表現は、を思わせるものであるが、サイについては別の章で報告されており、そこには、ゾウとの戦いの様子が記されている。 ここに記されているサイがその敵の腹を引き裂くという残酷な戦いの記述はのちにユニコーンの性質に転化されることになる。 シカの姿をしたウシがいて、その両耳の間の額の中央から一本の角が、我々に知られているものよりも長く、真っ直ぐに突き出ている。 その先端は手や枝のように大きく広がっている。 雌も雄も特徴は全く同じで、角の形も大きさも同じである。 -- 『』第6巻第26節 しかし、ここに出て来るユニコーンは明らかにかを思わせるが、ヘラジカ(Alces)についてはその後の第27節に記されている。 — )はユニコーンについて、『』( Naturalis historia, )第8巻第31(21)章第76節の中で、角の解毒効果などの不可思議な現象を述べることなく、慎重に、簡潔にまとめている。 には、単蹄で、一本の角を持つもいる。 それから、アクシス()という名の野獣は、のような毛に、多くの白い斑がある。 この動物はリーベル神(古いの、と同一視される)にとって神聖なものと見なされ、宗教儀式の際に捧げられる。 オルサエアのインド人はの一種を追い詰めている。 それは全身、白い体である。 しかし、最も獰猛な動物はモノケロース(monoceros, 一角獣)と呼ばれるで、の、の、のを持つが、体のその他の部分はの体に似ている。 太いうなり声をあげ、2 (約 88. 92 )の長さの一本の黒いがの真ん中から突き出している。 この動物を生け捕りにすることは、不可能だと言われる。 -- 『』第8巻第31(21)章第76節 ここに出て来る角の長さは、の言う一角ロバの二倍である。 インドロバについては、第11巻第106(46)章第255節に「角のある動物はみなほとんど蹄が割れており、単蹄で双角の動物はいない。 インドロバは一本の角のある唯一の動物で、は単角であり、双蹄でもある。 インドロバはを持つ唯一の単蹄の動物である。 」とあり、同じようなことが第11巻第45(37)章第128節にも見られる。 いずれもからの引用である。 その後、ユニコーンについてのギリシア人達の報告を後期ローマを通じて中世初期のキリスト教作家達へと伝えたのはののアエリアヌス(ギリシア語名 アイリアノス、頃 — )である。 例えば、第3巻第41章では「に生息する一本ののあるとについて言う。 これらの角からインド人達は杯を作り、誰かが致命的な毒を入れ、それをある人が飲んだとしても、その人に害はない。 というのはウマの角もロバの角も毒を解毒する力があるからだそうだ。 」と言い、を引用しながら、新たに一本の角のあるを付け加えている。 第4巻第52章にも一角のロバとウマが紹介され、アエリアヌスはだけを詳しく述べている。 内容的にはほとんどの報告と同じだが、角の長さはさらに伸びて、1. 5 (約 66. 69 )の長さとなっている(こういった角の延長は、もっと後代の作家達も時おり行う)。 は肉桂色ではなく、隅々まで真っ黒なものとされている。 また、ユニコーンの角から作られた杯を使うのは最も身分の高いインド人だけであるということも書かれ、「彼らは金の輪を間隔を置いてその角のまわりにはめ込んだ。 それは美しい彫像の腕を帯で飾るようだ」と言っている。 この慣習は長い間受け継がれ、、には金銀による装飾を施したユニコーンの角の器が作られた。 アエリアヌスの報告で昔から変わらないことは、ユニコーンの足が速いということで、彼は「それを追いかけることは、詩的に言えば、到達不可能なものを追いかけるということである」と言っている。 さらに第16巻第20章では、の内容を引用してカルタゾーノスについて述べている。 ローマ時代末期に、の、テュアナのアポロニオス(頃 — 頃)がユニコーンを目撃していた。 それによると、を訪れたアポロニオスはヒュファーシスの沼沢池で一本のを持つ野生のを見たと言う。 角の解毒効果についても彼は聞いており、彼の弟子がユニコーンの角についてどう考えるべきかと尋ねた時、彼は「インドの王達がここでは不死であると聞けば、私はそれを信じるだろう。 というのも、私やあるいは他の者にこのように健康的で治療力のある飲み物を提供できる者が、毎日自分のためにこれを注ぎ、酔いに至るまでこの角の酒杯から飲まないはずがないからだ」と答えている。 にの、文法家のガイウス・ユリウス・ソリヌス()はの『』から地誌上の珍奇な事物や事柄を抜粋して集め、記述した著作『奇異なる事物の集成』( Collectanea rerum memorabilium, 頃)を発表した。 この書は頃に改訂、増補され、『博物誌』( Polyhistor)として上梓されている。 ここにも、ユニコーンについての記述が第52章第39 — 40節にある。 しかし、最も恐ろしいのは、モノケロース(monoceros, 一角獣)で、これは恐ろしいうなり声を上げ、の、の、の、のを持つである。 そのの中央から、素晴らしい輝きのある一本のが突き出し、その長さはほぼ 4 (約 118. 36 )で、それは非常に鋭く、何であろうと一撃で、容易に刺し通す。 生きているものを人の力で手に入れることはなく、少なくとも殺すことはできても、捕まえることはできない。 --ソリヌス 『奇異なる事物の集成』第52章第39 — 40節 と比較してみるといくらかの言葉遣いの違いが見られることがわかる。 まず、プリニウスはユニコーン(モノケロース)のことを fera ()と言っているが、ソリヌスは monstrum ()と言っている。 こういった誇張した表現はその後も繰り返し使われる。 ユニコーンの鳴き声もプリニウスは mugitu gravi (太いうなり声)だが、ソリヌスは mugitu horrido (恐ろしいうなり声)となっている。 角の記述にも誇張した表現を見つける。 プリニウスは普通の cornu nigrum (黒い角)とあるが、ソリヌスによれば、splendore mirifico (素晴らしい輝きのある)角だと言う。 おまけに、角はとにかくとても鋭く、何でも一撃で切断することができるという。 角の長さも、4 (約 118. 36 )まで引き伸ばされている。 このソリヌスの記述はのちにの『』(ベスティアリ, Bestiary, )の原典の一つになる。 旧約聖書 [ ] にもかつてはユニコーンが存在していた。 以下にユニコーンが載っていたころの聖書の一つであるのからユニコーンが出てくる箇所を列挙する。 (内のは現在の聖書における詩篇の篇数を示す)• 神は彼らをエジプトから導き出された、その勇敢さは一角獣のようだ --『』第23章第22節• 彼の威厳は初子の雄牛のようであり、その角は一角獣のようだ。 それで彼は国中の民を突き刺し、その全てを地の果てにまで及ぶ --『』第33章第17節• 一角獣はあなたに仕え、あなたの飼い葉桶のそばに留まるだろうか。 あなたは一角獣に手綱をつけて、畝を作らせることができるだろうか、あるいはあなたに従って谷を耕すだろうか。 その力が強いからと言って、あなたはこれに頼むだろうか、またあなたのために働かせるのか。 あなたはこれに頼って、あなたの穀物を打ち場に運び帰らせるだろうか --『』第39章第9 — 12節• 獅子の口から我が身を救いたまえ、一角獣の角から弱き我が身を護りたまえ --『』第21(22)章第22(21)節• 主のみ声は香柏を折り砕き、主はレバノンの香柏を折り砕かれる。 主はレバノンを子牛のように躍らせ、シリオンを若い一角獣のように躍らせる --『』第28(29)章第5 — 6節• しかし、あなたは私の角を一角獣の角のように高く上げ、新しい音を授けられました --『』第91(92)章第11(10)節• 主の剣は血で満ち、脂肪で肥え、子羊と山羊の血、雄羊の腎臓の脂肪で肥えている。 主がボズラで犠牲の獣をほふり、エドムの地で大いに殺されたからである。 一角獣は彼らと共にほふり場に下り、子牛は力ある雄牛と共に下る --『』第34章第6 — 7節 (Bos primigenius)。 現代のでは「一角獣」の箇所が「野牛」と訳されているため「一角獣」という訳語は見つからない。 しかし当時はこのように「野牛」ではなくはっきりと「一角獣」と記されていた。 中葉に王( — )の命によって近郊のファロス島に送られた72人のユダヤ人学者達は、72日間で原本の旧約聖書をに翻訳し、ギリシア語版旧約聖書『(セプトゥアギンタ)』を作った。 聖書の中で、レ・エムは「力」を象徴する隠喩として述べられている。 ヘブライ伝承でレ・エムは狂暴な、飼いならすことのできない、壮大な力を持った機敏な動物で強力な角を持っているという。 これに相当するのが(Bos primigenius)である。 この見解はの「リム」(rimu)から裏付けられる。 リムは、力の隠喩として使われ、力強く、獰猛な、大きな角を持つ野牛である。 この動物は古代メソポタミア美術の中で、横顔で描かれ、あたかも一本の角を持った牛のように見える。 しかしこのころ、「レ・エム」の語に相当する野生の野牛、は既に絶滅していて、誰も実物を見ることはできなかった。 こうして、この『』から、ユニコーンは聖書の中に入った。 ラテン語訳聖書『』(ごろ完成? )はこれを引き継いだ。 の教皇ダマスス(在位 — )の命により、当時の大学者(? — )が中心となって完成させた。 従来のラテン語訳聖書の大改訂版である。 彼は「一角獣」を表すのに三つの単語を並列的に使った。 すなわちの「モノケロース」(monoceros, 一角獣)、「リノケロース」(rinoceros , の上にを持つ者、)、そしての「ウーニコルニス」(unicornis, 一角獣)を無作為に用いた。 この使用は何百年もの間、慣習的なものであり続けた。 ( — )も『』や『』と同様に訳した。 国王(在位 — )の命によって、五十数人の聖職者や学者からなる翻訳委員が、からの間に完成させた英訳聖書『(ジェームズ王の翻訳聖書)』()では、「ユニコーン」(unicorn, 一角獣)という訳語が使われた。 実際にはやに比定され、( — )はその存在を否定した。 原文のヘブライ語聖書では、一度だけに一本のの生えたが出てくる。 が自分がの城砦に誘拐される幻想について語る『』第8章である。 しかし、この無敵の一角獣も現在では「野牛」と訳されてしまっている。 ダニエルは第3年にウライ川のほとりで二本の角のあるを幻視する。 私が目を上げて見ると、見よ、一頭の雄羊が川(ウライ川)の前に立っているのが見えた。 それには二本の角が生えており、二本とも長いが、片方はもう片方より長く、長い方は後から伸びたものであった。 私は、その雄羊が西に、北に、南に突き進むのを見た。 いかなる獣もこの雄羊には太刀打ちできず、その手から救い出せる者もいなかった。 そして、この獣は自分の欲することをなし、大いに高ぶった。 --『』第8章第3 — 4節 そこへ西から一頭のがやって来た。 そして、私がずっと思い巡らしていると、見よ、一頭の雄山羊が西の方から全地の表を飛び渡って来たが、その肢は土を踏まなかった。 これは目の間に堂々たる一本の角を持っていた。 そしてこの雄山羊は、二本の角を持つ雄羊の所までやって来た。 雄山羊は猛烈な怒りを抱いて雄羊に向かって走って来た。 そして私は雄山羊と雄羊がぶつかり合うのを見た。 雄山羊は雄羊に対して激しい敵意を示し、これを打ち倒して、二本の角を折ったが、雄羊は立ち打つことができなかった。 こうして雄羊を地に投げ倒し、踏みつけたが、その手から救い出せる者はいなかった。 そして、その雄山羊は大いに高ぶった。 しかしこの雄山羊が最強になったとき、その大いなる角は折れ、四本の堂々たる角が生え、天の四方の風に向かった。 --『』第8章第5 — 8節 この幻視はこの後、ある声によってに、「ギリシアの王」すなわち(大王)によるとの破滅を意味するものと告げられる。 つまり強大な角を持つ雄山羊の最初の一本の角はアレクサンドロス大王を表し、その後に生えた四本の角はアレクサンドロスの後継者を名乗るのたちを表している。 ノアの方舟に乗らないユニコーン [ ] ユニコーンは飼い馴らしのきかない、たいへん凶暴な、無敵の、それゆえに自らの力を過信するなだった。 ユダヤ神話系の話が残るのには高慢なのユニコーンが出てくる。 その一つのポーランド民話ではユニコーンは以前の動物とされている。 ノアがあらゆる獣のつがいを方舟に入れた時、ユニコーンもまた受け入れた。 ところがユニコーンは他の獣を見境もなく突いたので、ノアは躊躇なくユニコーンを水の中に投げ込んだ。 だから今ではユニコーンはいない。 --『ポーランド民話』 小ロシア民話でもユニコーンはこれと似たようなことをしている。 自らの傲慢さのために自滅してしまうのである。 ノアが全ての獣を方舟に受け入れたとき、獣達はノアに服従した。 ユニコーンだけがそうしなかった。 ユニコーンは自らの力を信じ、「私は泳いでみせる」と言った。 四十の昼と夜の間、雨が降った。 鍋の中のように水は煮え立ち、あらゆる高みが水に覆われた。 そして方舟の舷側にしがみついていた鳥たちは、方舟が傾くと沈んでしまうのであった。 しかし、かのユニコーンは泳ぎに泳いでいた。 だが鳥達がユニコーンの角に止まったとき、ユニコーンは水中に没してしまった。 だからユニコーンは今日ではもう存在しないのだ。 --『小ロシア民話』 に印刷された絵入り聖書にトビーアス・シュティマー(Tobias Stimmer, — )が描いたには、ユニコーンのつがいがその高慢さから、方舟に背を向けて、あとに残る様子が描かれている。 フィシオロゴス [ ] 処女とユニコーン。 で典礼に使用された「フルードフ詩篇」より、、、、モスクワ歴史博物館蔵。 この書は、(空想上の動物を含む)、、を紹介して宗教上、道徳上の教訓が、『』、『』からの引用によって表現されているものであり、のちの中世ヨーロッパで広く読まれる『』の原典になったと言われるものである。 原本はで書かれ、各章には、まず聖書の言葉が述べられ、その後にその生き物についての自然科学的な解説が続き、最後には道徳的な教えが述べられている。 その第22章では以下のように書かれている。 詩篇作家()は言う。 「主は私の角をモノケロース(一角獣)の角のように高く上げられる(『』第92章第10節)」と。 フィシオロゴス(博物学者)はモノケロースが次のような性質を持つと言う。 モノケロースは小さな獣でぐらいだが、途方もない勇気の持ち主であり、非常に力強いため、狩人も近づくことができない。 それはの真ん中に一本のを持っている。 さてどうしたらこれを捕まえられるだろうか。 美しく装った汚れのないを近くに連れて来ると、それは彼女のに飛び乗って来る。 そこで彼女はそれを飼い馴らし、たちのへ連れて行くのである。 この生き物は、わがの姿に引き写すことができる。 なぜか。 私達の父の角がの家から蘇り、救いの角となられた(『』第1章第69節)。 の力ずくでは、彼を打ち負かすことはできなかった(『』第3章第22節)。 彼は真実かつ純潔なの胎内に宿った(の)。 言葉は肉となり、私達の内に宿ったのである(『』第1章第14節)。 --『』第22章 『』に載っているユニコーンの姿は古典文学の作家達が言うようなものと全く異なり、でもでもなく、の言うの肢も持っていない。 さらに、ユニコーンはによってのみ捕まえることができるという伝説も生まれた。 この伝説の起源は、頃にで成立したと言われる『』にあると考えられている。 ここに出て来る半獣半人のには一本の角は生えていないが、物語の構造は処女がユニコーンを誘惑する話とよく似ている。 エンキドゥは、の王の暴虐を鎮めるために神々の命により、女神によって土から作られた。 しかし作られたばかりのエンキドゥは、獣たちとともに暮らしてばかりいたため、宮仕えの遊女、つまり神聖娼婦が派遣され、彼を誘惑し、六日と七晩の間交わい合い、獣達から引き離し、本来の目的地、王都ウルクへと連れていく。 そこでギルガメシュとエンキドゥは激しく戦うが、やがて和解し両者は盟友となる。 梵仙(カーシャパ)ヴィヴァーンダカが湖畔でをしていると天女が舞い降りて来た。 ヴィヴァーンダカは彼女の美しさに見とれて思わず精を漏らしてしまった。 ところがそばで水を飲んでいたがこれを一緒に飲み込んでしまい、やがて一人のを生んだ。 この息子は人間の姿をしていたが、の中央に一本のが生えていた。 それゆえ彼は「リシュヤシュリンガ」()と呼ばれた。 彼はの他は人間を目にすることなく、修行を積んだ。 さてこの頃、は12年間に及ぶ大に苦しんでいた。 ある時アンガ国王ローマパーダの夢枕に神が立ち、リシュヤシュリンガを王都に連れて来れば旱魃は止むであろうと告げる。 そこで王は大仙のもとへ(または)を派遣する。 女性達は父以外の人間を見たことのないリシュヤシュリンガをまんまと誘惑し、王都に連れて来る。 大仙が王都に足を踏み入れるや大雨が降り、旱魃は解消する。 このリシュヤシュリンガのによると災厄の解消がへ伝わり、ユニコーンのによる捕獲、によると形を変え、『』からに伝わっていった。 (頃 — )が書いたと言われている後代の『』には、『』第22章第21節の中でがユニコーンからの魂の救いを祈っている詩篇について次のように述べている。 「一角獣は人間に対して悪意を抱いている。 一角獣は人間を追いかけ、人間に追いつくや、その角で人間を突き刺し、食べてしまうのである……よいか、人間よ、汝は一角獣から、すなわち悪魔から身を守らねばならぬ。 なぜなら、悪魔は人間に悪意を持ち、人間に邪悪なることをなすためにこそ送られて来たのだから。 昼も夜も悪魔はうろつきまわり、そので人間を貫き通しては、神の掟から人間を引き離すのだ」このようにユニコーンはのであると同時にその敵対者のの象徴でもあった。 ではこのような「両義性」というのは珍しいことではなかった。 バシリウスの『フィシオロゴス』にはとユニコーンの友情の話も載っている。 「ゾウには関節がないので、木に寄り掛かって眠る習性を持つ。 そこで狩人達がその木に切り込みを入れておくと、ゾウは大きなうなり声をあげながら木とともにひっくり返る(の著作『』第6巻第27節ではのないが同じように狩られる)。 隠れていた場所から狩人達が急ぎやって来て、無防備に横たわるゾウの顎から象牙を引っこ抜き、急いで逃げてしまう。 それは狩人達がユニコーンに急襲され、その餌食とならないようにするためである。 しかしユニコーンの到着が間に合えば、ユニコーンは倒れたゾウの傍らにひざまずき、その体の下に角を差し入れ、ゾウを立たせるのである」ここでもまたユニコーンは救世主の象徴となっている。 つまり「われらが主は王者の角として表されている。 われらすべての者の王は人間が倒れているのを、そしてその人間がに値するのをご覧になると、そこへやって来られ、その者を抱き起こすのである」この『フィシオロゴス』はに重点を置きユニコーン自体ではなく、その性質からたとえられている。 「ユニコーンは良き性質と悪しき性質を持っている。 良き性質はキリストおよび聖人にたとえられ、悪しき性質は悪魔や悪しき人間にたとえられる」 ユニコーンに関する話を載せた『フィシオロゴス』の断片はもう一つある。 「ある地方に大きながあって、野の獣達が水を飲もうと集まる。 しかし動物達が集まる前に、が這い寄って来て、水に毒を吐く。 動物達は毒を感じると、もう飲もうとしない。 彼らはユニコーンを待っているのである。 そしてそれはやって来る。 ユニコーンはまっすぐ水の中まで入る。 そうして角でと、もう毒の力は消え失せて、彼は水を飲む。 他の動物達もみんな飲む」達がから聞き伝えた角の解毒作用が再び登場している。 人を追いかけるユニコーン [ ] バールラームがヨサファートのの心構えのために話したの中に、人を追いかける獰猛なユニコーン(当初はだったかもしれない)が出て来る。 この伝説が語られる異本は — の聖人伝集のいくつかに存在する。 以下に述べるのは、(ごろ — )がに書いた『』( Legenda aurea, ごろに完成)の第174章 「聖バルラームと聖ヨサパト」の中のものである。 昔、セナールという国の近くのにバールラームという名の男が住んでいた。 彼は多くのをして、の偽りのに陥らぬよう人々にを行っていた。 このようなわけで、彼はある男のことについて語った。 その男はユニコーンに食べられないようにと、男を食べようとしているユニコーンから急いで逃げようとして、(または)に落ちてしまう。 それでも男はのにつかまることができた。 だが、彼の足は滑りやすく、もろい場所に置かれていた。 怒り狂うユニコーンが上から男を見下ろしている一方で、男の下の方には恐ろしいがを吹き、を大きく開けて、男が落ちてくるのを待っているのが見えた。 さらに滑りやすい足場の四方からは、四匹のが体を伸ばし、頭を突き出していて、男がつかまっている灌木の根元には、黒いと白いネズミの二匹が根元をかじっており、今にも引きちぎれそうであった。 ところが男が上を見上げると、灌木の小枝からが一滴垂れているのが目に入った。 そこで男は自分の身に迫るあらゆる危機を忘れて、その蜜のに束の間酔いしれるのである。 このユニコーンというのは、人間を至る所追いかけて来るである。 深淵はであり、あらゆる災いに満ちている。 灌木は人間のを意味し、それをとというが白と黒のネズミのようにかじっており、必ずすることになる。 四匹のヘビはを表しており、身体はから成り、そのが乱れたとき、四元素はせざるを得ない。 ドラゴンは人間を今にも飲み込もうとしているの入り口である。 しかし、蜜は、この世のはかないである。 この快楽に人間はふけり、全ての危機を忘れるのだ。 -- 『』 第174章 「聖バールラームと聖ヨサファート」 このたとえ話では『』第22章第21節のユニコーンのようにいついかなるところでも人間に追い迫ってくる「」の象徴と考えられていた。 後代の『』のユニコーンが人間を追いかけ、人間に追いつくと食べてしまうという話の出所は、この話ではないかといわれている。 中国に伝わる一本の角を持つ馬 [ ] 𩣡もしくは 䮀、 䑏疏という一本角の馬が、古代中国の様々な事柄を書いた『』やの書いた『江賦』などの古代の本に記されている。 の一角獣• (チーリン)• (カイチ) 紋章獣としてのユニコーン [ ] 王家の紋章 王家の象徴にもなっており、成立以後、現在の王家の大紋章には、ユニコーンがシニスターに、王家のにも用いられているレパード()がデキスターにとして描かれている。 の薬局協会のには、二頭の金のユニコーンがサポーターとして描かれているが、のではなくのである。 のには、ユニコーンのを持つコントラーダ(小地区)がある。 伝承 [ ] ユニコーンはにに住んでいたがの伝来以前にしていた、のとして伝えられたとも考えられている。 にもともとユニコーンの伝承があったとされることもあるが、実際には存在しないようである。 しかし近い地域においての(正確にはの、)がユニコーンの角とされていたりもした。 したがってユニコーンのは、周辺地域におけるを持つ(、、、、、、など)のがに伝わって一つに統合された結果であると考えることができる。 ユニコーンを題材にした作品 [ ]• よく「割れている」と誤解されるがそうではなく、で言えばとに相当する。 『クイーン・メアリー詩篇集』( The Queen Mary Psalter)第100葉裏より、 — 頃、蔵。 や では、がとの戦いに備え、をで研ぐとある。 尾形希和子 『教会の怪物たち』 講談社〈講談社メチエ〉、2013年、90頁。 「」 、、アシュモレアン博物館、。 , : Merchant Book Company Limited,. シェパードは一角獣の方を unicorn、そのであるの方を古いの形式の alicorno (では alicornio)に基づいて、alicorn と使い分けている。 ここに出て来る(Alces)には、後肢の膝関節がなく、一度横たわると二度と起き上がれないと言う()。 これと似た話が にも見られる。 そこには(Achlis)というヘラジカに似た生き物が紹介されているが、後肢のを持たないことなどカエサルの言うヘラジカ(Alces)と内容が一致している。 中世のラテン語訳聖書では が付いたり付かなかったりする。 ユニコーンのつがいが、に乗り込むことをしている。 バールラームとヨサファートの物語は、において、沢山の異本が知られており、のに起源を持つという。 さらに、いくつかの物語は、の生涯にかなり類似しているという。 出典 [ ]• 『』( Commentarii de Bello Gallico)、 —。 『』( Naturalis historia)、、、。 ソリヌス 『』( Collectanea rerum memorabilium)第52章第39 — 40節、頃。 の 『語源集』( Etymologiae) 第2章第12 — 13節、 —。 ラバヌス・マウルス 『万有誌』( De rerum naturis)、 —。 ホノリウス・アウグストドゥネンシス(オータンのホノリウス) 『世界像(イマーゴ・ムンディ)』( Imago Mundi) 第12章、。 『』( Aberdeen Bestiary)、頃、。 『アシュモル動物寓意譚』( Ashmole Bestiary)第14葉裏 「ウーニコルニス」、第21葉 「モノケロース」、初頭、、? 、ボドリーアン図書館蔵、。 『』( Harley Bestiary)、、 — 頃、、? 、蔵、。 『』( De animalibus)第22巻第2部第1章第71節 「モノケロース」、第106節 「ウーニコルニス」、年代不詳。 ヤーコブ・ファン・マールラント 『自然の書』( Der Naturen Bloeme)第2巻 「動物」• Koninklijke Bibliotheek, KB, KA 16, 、、頃、、オランダ王立図書館蔵、。 Koninklijke Bibliotheek, KB, 76 E 4, 、、 — 頃、、、オランダ王立図書館蔵、。 『』( Bestiarius)、、、、デンマーク王立図書館蔵、。 コンラート・ゲスナー 『動物誌』、第1巻 『胎生の四足獣について』( Historiae Animalium; liber primus, qui est de quadrupedibus viviparis)、、。 エドワード・トプセル 『四足獣誌』( The History of Four-Footed Beasts)より、、、。 ウリッセ・アルドロヴァンディ 『』( De quadrupedibus solidipedibus)より、、、。 ヤン・ヨンストン 『博物誌』( Historiae Naturalis)、第1巻 『四足獣誌』( De Quadrupedibus)より、、、、金属版画、 — 、。 『と』( Psychologie und Alchemie)第3部第6章第2節、。 参考文献 [ ]• リュディガー・ロベルト・ベーア 『一角獣』 和泉雅人訳、、。 『』 木下哲夫訳、、。 Odell Shepard, The Lore of the Unicorn, : Merchant Book Company Limited,. 種村孝弘 『一角獣物語』 、。 『衝撃のオーパーツ!恐竜ミステリー』 関連項目 [ ]• (二角獣, Bicorn)• - インヴィジブル・ピンク・ユニコーンは、有神論を風刺したパロディ宗教の女神。 目に見えないがピンク色をしている。 モデルとされる動物• ( Oryx leucoryx)• ( Bos primigenius)• ( Rhinoceros unicornis)• ( Elasmotherium)• ( Monodon monoceros)• また古代の遺跡からユニコーンを模した兜飾りが発見されており、その頭部はこの恐竜に酷似している。 外部リンク [ ] ウィキメディア・コモンズには、 に関連するメディアがあります。

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以前に私が共著した三省堂のでは、テクノロジーやコンピュータに関する基本的な250の用語を網羅しました。 あらゆる生活用品がインターネットに繋がった「IoT(Internet of Things)」や、機械学習を意味する「Machine Learning」など、IT業界では最新技術を指す言葉が次々に登場します。 今回は、技術的な用語とはちょっと違う、IT業界特有の用語をピックアップしてみました。 これらの用語には、とある"共通点"があります。 それは、それらの英単語が人々が日常的に使うものであると同時に、IT業界では独特の意味を持っているということ。 それでは、ITスタートアップ界隈でよく耳にする7つの業界用語をご紹介します。 ソフトウェア開発のコストがぐんと下がった今、ある意味、サービスをつくるだけなら誰でもできてしまいます。 肝心なのは、ユーザを呼び込んだ後にどれだけ長く使い続けてもらうことができるかです。 But how do we make our app more sticky so that people stay? でも、どうすれば、もっとユーザーが定着するアプリにできるだろう?」 2. バスケットボールでは、軸足を中心とした回転のことをピボットと言いますよね。 スタートアップにピボットを当てはめると、それは事業やサービス内容、ターゲットを方向転換し、軌道修正することを意味します。 事業の見通しが良いなら方向転換の必要ないはずなので、ピボットせずに済むならそれに越したことはないでしょう。 ところが、昨今のサービス作りの傾向を考えると、事業のピボットは決して珍しくなくなってきています。 モノが溢れ、消費者の価値観が多様化した今、消費者が本当に望むものを見抜くことは困難です。 消費者はきっとこれが欲しいはずだと思い込みで突っ走るのではなく、まずは小さなアイディアの種から始めて、消費者のフィードバックを得ながら改善を続ける手法が普及しています。 そういう意味で、ピボットは挫折ではなく、立派な戦略の一つだと言えるかもしれません。 」 3. スタートアップにとってのランウェイとは、会社が倒産に追いやられるまでに残された時間や資金のこと。 会社の収入と支出が変わらないという前提条件のもとで、どれだけの期間を走り続けることができるのか。 仮に、まだ一切の売り上げがないスタートアップの毎月のコストが20万円の場合。 銀行にある彼らの資金が200万円なら、彼らのランウェイは10ヶ月という計算になります。 スタートアップは、このランウェイを少しでも伸ばし、成功にたどり着くまでの時間を稼ぐために資金調達をします。 」 4. パックを打つ短い部分(ブレード)を左にして、右上に長いグリップ部分が伸びるように持つと、その形はチェックマークのようにも見えますよね。 この形をグラフの上に重ねてみると、始まりはなだらかで、とある時点から急激に右肩上がりで伸びていくというスタートアップの成長カーブを表します。 サービスのリリース後はそこそこだった伸びが、例えば、人気ブロガーや雑誌に取り上げられるといったきっかけによって急成長する。 スタートアップにとって望ましいシナリオです。 この表現は、IT業界のみならず、さまざまな事業、はたまた気候の変化といったものを表す際にも使われます。 We need a hockey stick growth to win in this market. この市場で勝つためには、ホッケースティックのような成長カーブが必要だ。 」 5. 業界では、バグはソフトウェアやハードウェアにある欠陥や不具合を表すからです。 私自身、以前に勤めていたITスタートアップでは、新機能のリリース前になると徹夜をして大量のテストを行っていました。 すべてのバグを潰し、ユーザに対して不具合のないサービスを提供するためです。 そんなわけで、バグをいい思い出と紐付けて考えるのは至難の技。 それが蚊でも蜂でも欠陥でも、とにかくバグは苦手です…。 不具合を指すバグという表現は、ソフトウェアの時代以前から見られたようで、その由来には多説あるようで。 例えば、電話回線に虫が入ることで雑音が生まれることから、電話会社が不具合をバグと呼び始めという説があります。 超致命的なバグじゃないだけ良かったよ。 野球ではボールを投げることを意味しますが、 ビジネス用語としてのピッチは、短時間で行うプレゼンテーションのことを指します。 広義には、相手に対して何らかのアイディアを簡潔に提案すること言うこともできます。 出資してもらえるように自分のサービスを投資家に対してピッチしたり、媒体で取り上げてもらえるようにメディアの記者にピッチしたり。 資料作成にも時間をかけて、それを会議の場で発表するプレゼンテーションと違って、超多忙な相手にいかに短時間で興味を持ってもらうかがピッチの成否を分けます。 息抜きを求めて、週末に投資家がとあるパーティに参加したとしましょう。 その時間を振り返って、彼は友人とこんな風な会話を交わすかもしれません。 Did you enjoy it? I was listening to startups pitch every five minutes. It was some weekend. 5分ごとに違うスタートアップのピッチを聞かされた。 とんだ週末だったよ。 エレベーターに乗ってから降りるまでの短時間でピッチするという意味。 聞いただけで冷や汗をかいてしまいそうな状況ですね…。 北米ではユニコーン=可愛いというイメージが定着していますが、そんなユニコーンもスタートアップ界隈では特殊な意味を持ちます。 ユニコーンとは、評価額が10億ドルを超えるスタートアップのこと。 実在する有名なユニコーンには、ビジネスチャットツール「Slack」、自動消滅写真が人気に火をつけた「Snapchat」、ハイヤー配車アプリ「Uber」などがあります。 神話に登場するユニコーンという架空の生き物。 それだけ希少であるという意味で、10億ドルの評価額を得るスタートアップを指すようになったようです。 ところが、2015年頭のにもあるように、ここ数年のスタートアップバブルによって、今では「ユニコーンが群れをなしている」という声もあります。 」 まとめ 皆さんもきっとその一般的な意味を知っているであろう7つの用語。 これから、IT業界でこれらの用語を耳にしたら、上記のような解釈だということを思い出してみてください。 こうした用語やフレーズを含む、ITスタートアップ業界のリアルな世界を覗いてみたい方は、HBOのというTVシリーズがおすすめ。 友人のスタートアップ創業者は、その内容があまりにもリアル過ぎて途中から見るのをやめてしまったほどです(笑)。

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この項目では、のについて説明しています。 その他の用法については「」をご覧ください。 非常に獰猛であるが人間の力で殺すことが可能な生物で、処女の懐に抱かれておとなしくなるという。 角にはなどので汚されたを清める力があるという。 海の生物であるの角はユニコーンの角として乱獲されたとも言われる。 コンラート・ゲスナー( — ) 『動物誌 第1巻 胎生の四足動物について』より、、、。 ユニコーンは、そのほとんどが、の、の、二つに割れた を持ち、の中央にの筋の入った一本の長く鋭く尖ったまっすぐなをそびえ立たせた、のをした白いの姿で描かれた。 また、、、に似た姿で描かれることもあった。 角も、必ずしもまっすぐではなく、なだらかなを描くこともあれば、弓なりになって後ろの方へ伸びていることもあり、の上に生えていることもあった。 ユニコーンは、のように大きいこともあれば、貴婦人のに乗るほど小さいこともあった。 時には様々なの体肢を混合させてできた生き物であった。 ユニコーンとには医薬的、宗教的な関係があるため、の尾をつけて描かれることもあった。 では時おりを生やしていることすらあった。 の毛色も、のような黄褐色、シカのようなと変わっていったが、最終的には、再び輝くばかりのとなった。 の『』(ベスティアリ, Bestiary, )の中で、モノケロースとユニコーンはしばしば同じものとして扱われるが、中にはそれぞれを別のものとして扱うものもある。 その場合、モノケロースはたいがいユニコーンより大きく描かれ、角も大きく非常に長い。 またモノケロースのには処女が一緒に描かれていない。 のの( — )が『聖アントワーヌの誘惑』( La Tentation de saint Antoine, )第7章の中で一本のを持つ美しいとしてユニコーンを登場させ、ではその姿が一般的なとなっている。 生態 [ ] モレット・ダ・ブレシア 「一角獣を連れた聖ユスティナと寄贈者」 、 — 頃、、。 ユニコーンは極めて獰猛で、力強く、勇敢で、相手がであろうと恐れずに向かっていくという。 足が速く、その速さはやにも勝る。 は長く鋭く尖っていて強靭であり、どんなものでも突き通すことができたという。 例えば、のの(頃 — )が著した『語源集』( Etymologiae, — )第12巻第2章第12 — 13節には、ユニコーンの強大な角の一突きはゾウを殺すことができるとある。 このユニコーンとゾウが戦っているが『クイーン・メアリー詩篇集』( The Queen Mary Psalter, — 頃、蔵)に載っている。 また、のスコラ哲学者、自然科学者の(頃 — )は『動物について』( De animalibus, 年代不詳)第22巻第2部第1章第106節で、ユニコーンは角をで研いで鋭く尖らせて、戦闘に備えているという。 ユニコーンを人の力で殺すことはできても、生け捕りにすることはできなかったという。 たとえ生きたまま捕らえられたとしても、飼い馴らすことはできず、激しい逆上の中、してしまうという。 この逃げ方は、、、、(盤羊, Ovis ammon)に見られるものである。 [ ]( — )はユニコーンをに連れて来て見世物にさせたという。 ユニコーンの角には水を浄化し、毒をするという不思議な特性があるという。 さらにやなどのあらゆるを治す力を持っているという。 この角を求めて人々は危険を覚悟で、ユニコーンを捕らえようとした。 の『』(KHM 20)には、仕立屋が国を荒らすユニコーンを捕まえる場面が出てくる。 仕立屋は、ユニコーンを激怒させると素早く樹の後ろに隠れた。 そこへ怒り狂うユニコーンが仕立屋をめがけて突進して来るが、その武器である貴重な角をうっかり樹に突き刺してしまう。 こうしてユニコーンは、縄で縛られ、王の所に連れて行かれた。 — )の『』(第1章5歌10連)に出て来るも、この方法を使ってユニコーンを出し抜いている。 ユニコーンを捕らえるもう一つの方法はの娘を連れて来てユニコーンを誘惑させて捕まえるというものである。 不思議なことにユニコーンは乙女に思いを寄せているという。 美しく装った生粋の処女をユニコーンの棲むや巣穴に連れて行き、一人にさせる。 すると処女の香りを嗅ぎつけたユニコーンが処女に魅せられ、自分の獰猛さを忘れて、近づいて来る。 そして、その処女の膝の上に頭を置き眠り込んでしまう。 このように麻痺したユニコーンは近くに隠れていた狩人達によって身を守る術もなく捕まるのである。 しかし、もし自分と関わった処女が偽物であることがわかった場合は、激しく怒り狂い、自分を騙した女性を殺してしまうという。 処女を好むことから、ユニコーンは貞潔を表わすものとされ、さらにはがの胎内に宿ったことや、角を一本だけ有するユニコーンと「神のひとり子」 unigentitus とのアナロジーから、キリストにも譬えられた。 しかし一方で、「」などの象徴ともされ、の一つである「」の象徴にもなった。 ( — )は『』の中で「ユニコーンはその不節制さのために自制することを知らず、美しき処女への愛のために自分の獰猛さと狂暴さを忘れて乙女の膝の上に頭を乗せ、そうして狩人に捕らえられる」と言っている。 ここではユニコーンは「不節制」(intemperanza)を象徴するものとされた。 の、の( — )は『の』( La Princesse de Babylone, )第3章の中で、ユニコーンを「で最も、最も誇り高い、最も恐ろしい、最も優しい」( C'est le plus bel animal, le plus fier, le plus terrible et le plus doux qui orne la terre)として描いている。 ユニコーンの角 [ ] 詳細は「」を参照 ユニコーンの角(アリコーン, alicorn )には解毒作用があると考えられ、( — )は大枚をはたいてそれを求めたという。 また、宮廷では食物のの検証に用いられたと伝えられる。 言い伝えによれば、ユニコーンの角は毒に触れると無毒化する効果があるとされたが、後に毒物の成分が含まれた食物に触れると、汗をかくとか色が変化するなどの諸説も生まれたようである。 しかしこれらはに生息する(ウニコール)の角(実際にはである)であった。 これにより後々まで、ウニコールの名称で貴重な解毒薬や解熱剤・の特効薬として珍重され、イッカククジラの角は多数売買された。 しかし一部には、これらウニコールと偽って、の牙を売る事例も後を絶たなかったようだ。 またその一部は経由で、のにも輸入されていた。 当時の医学書には、真面目にウニコールの薬効に関しての記述があった程である。 特に疱瘡の治療薬という部分に関しては、の流行により、非常に高価であったにもかかわらず、飛ぶように売れたと云う記録も残っている。 これは元々、で毒の検知にの角を用いたのが伝播の過程で、一部の夢想家によって作り変えられたもののようだが、実際問題として、当時用いられた毒物でも、性や性の毒物の場合は、動物性タンパク質の変化により、黄変するなりして、毒の検知に役立ったと思われる。 またウニコールは動物性由来器質なので同様にや上記の毒物には黄変する・脆くなるのでその代用とされた。 同様の理由によりのスプーンもイオン交換により変色するので中世以降は貴族のには毒を感知するためのが多く使われるようになった。 また中国ではサイの角の粉末を解熱剤・精力増強剤として扱っているが、興味深いことに、ウニコールが西欧から持ち込まれた際に、の角ともの角とも言われ、解毒や毒の検知に非常に珍重されたとのことである。 古典文学 [ ] にユニコーンを最初に伝えたのは、の島生まれの・、(後半)である。 には、ぐらいの大きさか、もしくはそれ以上の大きさの野生のがいる。 そのは、は暗赤色で、は、そして、に縦 1 (約 44. 46 )ほどの長さの一本のを持つ。 角の根元、額から約 2 (約 14. 25 )の所はで、真ん中は、尖った先端は燃えるようなである。 角で作った杯を飲用に用いれば、を起こすことも、にかかることもなくなり、毒物に対しても免疫効果があり、服毒前もしくは服毒後にこの杯を使って、なり、なり、何がしかの飲み物を飲んでおけばよい。 家畜化されたロバ、他国の野生のロバ、その他の単蹄の動物すべてには、 も、もないが、インドのロバは両方とも持っている。 そのアストラガロスは、私が見てきたものの中で、最も美しく、大きさや形はのそれに似ている。 のように重く、隅々に至るまで肉桂色である。 この動物は、非常に力強く、足が速く、ウマを含め、いかなる動物にも追いつかれることはない。 初めのうちは、ゆっくりだが、長く走ればそれだけ歩様は驚くほど増し、どんどん速くなる。 これを捕まえる唯一の方法は次の通りである。 仔を連れて餌場に現れた時を狙い、大勢の騎馬で取り囲めば、仔を見捨てて逃げることはせず、角を突き出して戦い、蹴り上げ、噛みつき、殺し、狩人にもウマにもすさまじい攻撃を仕掛ける。 だが結局は矢や投げ槍が当たって死ぬ。 生け捕りにすることはできない。 その肉はひどく苦く、食すこともままならないので、角とアストラガロスのためだけに狩られる。 -- 『インド誌』第45節 ユニコーンについての最初の記述は、現在のものとほぼ同じである。 一本の角、解毒効果、俊敏さと獰猛さ、そして、周到な策を巡らして出し抜かなければ真っ向から向かって行っても捕獲できないということなど、既にこの時代からユニコーンの基本的な特徴についてほとんど記されていることがわかる。 しかしは実際にはに行ったことがなかった。 のある動物の大部分は先の割れたを持つが、インドロバと呼ばれる動物は単蹄であるにもかかわらず、角があると伝えられている。 これらの動物の大部分は、左右二本の角を持つが、中には、たった一本しか角を持たないものもいる。 例えば、といわゆるインドロバで、前者は、先の割れた蹄を持つが、後者は単蹄である。 このような動物はの真ん中にが生えている。 -- 『動物部分論』第3巻第2章 (Oryx gazella) さらに、この後、はユニコーンについての理論まで唱えている。 すなわち、インドロバのような単蹄目が一角であることは、双蹄目の動物の場合よりも自然なことであり、それはやがと同じ物質でできているからであり、その原料を蹄に与える場合、その分を角から取ってくることになるからだと言っている。 逆に、ややなどの角のある動物の大部分は、原料が角に使われるので、双蹄になると言う。 しかし、アリストテレスは例外として双蹄だが、一角であるを挙げている。 実際、オリックスは双角であるが、左右の角の付け根が近いので、真横から見ると一本に見えるのである。 また、についても述べられており、ここでも、の報告が引用されている。 の報告から約100年後、もう一人のが、今度は実際にに旅をした。 その中に、のユニコーンについての記述があり、彼はこのユニコーンを現地の言葉に従い、「カルタゾーノス」と名付けた。 ただし、この獣はの一角ロバとは異なった姿をしている。 のある地域(私が話すのは最も内陸の地域である)には、人を近寄せないで一杯の山地があり、そこには、、、、といった私達の知っている動物も生息しているが、人に飼い馴らされることなくその辺りを自由に野生のままで歩き回っている。 その数は非常に豊富であると、インドのもも述べ、その事はも認めているので明らかである。 十分に成長したほどの大きさで、を持ち、羊毛のような柔らかい毛で黄みがかった赤いをしている。 素晴らしい形状の肢をしており、とても足が速い。 そのはがなく、のようで、はのようにである。 はの間に生え、滑らかではないが、の筋が入っており、色は黒い。 その角は非常に鋭く尖っており、強靭であると言われる。 私が聞いた話では、この動物はとてつもなく大きく、耳障りな声を出すと言う。 他の動物にはやさしく、近づくことを許すが、同種族の動物には好戦的な態度を見せると言う。 雄は生まれつき好戦的で、互いに角で激しく突いて戦うだけではなく、雌に対しても敵意のようなものを示すと伝えられており、そこで激しい戦いが、しばしば弱者が死に至るまで繰り広げられる。 確かに、体中に強大な力を持ち、その角の力に耐えられるものはいない。 閑静な草地で草を食い、単独行動を好む。 ただ繁殖期になるとこの獣は雌との付き合いを求め、雌に対してもやさしくなり、それどころか、雌とともに草を食むことすらある。 繁殖期が終わり、雌が身ごもると、インドのカルタゾーノスは再び獰猛になり、単独行動をする。 幼獣はまだ幼い時にプラシアの王の所へ連れて行かれ、祝典や頌詞の日の見世物で互いを戦わせ力強さを見せると言われる。 成獣が今までに捕獲されたことは一度もない。 -- 『インド誌』第15章 の報告の中で、にの筋が入っていることが初めて述べられ、のちにユニコーンの古典的イメージの中に入り込んでいく。 ユニコーンの鳴き声についても、その後のいくつもの報告の中で受け継がれ、反響を呼ぶことになる。 獰猛なユニコーンも、雌がいるとおとなしくなることについて最初に示したのも、メガステネスである。 これらの報告は実見に基づいたものではないが、他の人間、とくにの学者を引き合いに出すことで、正当化している。 しかしこの報告の中のゾウの肢とか、ブタの尾などと言った表現は、を思わせるものであるが、サイについては別の章で報告されており、そこには、ゾウとの戦いの様子が記されている。 ここに記されているサイがその敵の腹を引き裂くという残酷な戦いの記述はのちにユニコーンの性質に転化されることになる。 シカの姿をしたウシがいて、その両耳の間の額の中央から一本の角が、我々に知られているものよりも長く、真っ直ぐに突き出ている。 その先端は手や枝のように大きく広がっている。 雌も雄も特徴は全く同じで、角の形も大きさも同じである。 -- 『』第6巻第26節 しかし、ここに出て来るユニコーンは明らかにかを思わせるが、ヘラジカ(Alces)についてはその後の第27節に記されている。 — )はユニコーンについて、『』( Naturalis historia, )第8巻第31(21)章第76節の中で、角の解毒効果などの不可思議な現象を述べることなく、慎重に、簡潔にまとめている。 には、単蹄で、一本の角を持つもいる。 それから、アクシス()という名の野獣は、のような毛に、多くの白い斑がある。 この動物はリーベル神(古いの、と同一視される)にとって神聖なものと見なされ、宗教儀式の際に捧げられる。 オルサエアのインド人はの一種を追い詰めている。 それは全身、白い体である。 しかし、最も獰猛な動物はモノケロース(monoceros, 一角獣)と呼ばれるで、の、の、のを持つが、体のその他の部分はの体に似ている。 太いうなり声をあげ、2 (約 88. 92 )の長さの一本の黒いがの真ん中から突き出している。 この動物を生け捕りにすることは、不可能だと言われる。 -- 『』第8巻第31(21)章第76節 ここに出て来る角の長さは、の言う一角ロバの二倍である。 インドロバについては、第11巻第106(46)章第255節に「角のある動物はみなほとんど蹄が割れており、単蹄で双角の動物はいない。 インドロバは一本の角のある唯一の動物で、は単角であり、双蹄でもある。 インドロバはを持つ唯一の単蹄の動物である。 」とあり、同じようなことが第11巻第45(37)章第128節にも見られる。 いずれもからの引用である。 その後、ユニコーンについてのギリシア人達の報告を後期ローマを通じて中世初期のキリスト教作家達へと伝えたのはののアエリアヌス(ギリシア語名 アイリアノス、頃 — )である。 例えば、第3巻第41章では「に生息する一本ののあるとについて言う。 これらの角からインド人達は杯を作り、誰かが致命的な毒を入れ、それをある人が飲んだとしても、その人に害はない。 というのはウマの角もロバの角も毒を解毒する力があるからだそうだ。 」と言い、を引用しながら、新たに一本の角のあるを付け加えている。 第4巻第52章にも一角のロバとウマが紹介され、アエリアヌスはだけを詳しく述べている。 内容的にはほとんどの報告と同じだが、角の長さはさらに伸びて、1. 5 (約 66. 69 )の長さとなっている(こういった角の延長は、もっと後代の作家達も時おり行う)。 は肉桂色ではなく、隅々まで真っ黒なものとされている。 また、ユニコーンの角から作られた杯を使うのは最も身分の高いインド人だけであるということも書かれ、「彼らは金の輪を間隔を置いてその角のまわりにはめ込んだ。 それは美しい彫像の腕を帯で飾るようだ」と言っている。 この慣習は長い間受け継がれ、、には金銀による装飾を施したユニコーンの角の器が作られた。 アエリアヌスの報告で昔から変わらないことは、ユニコーンの足が速いということで、彼は「それを追いかけることは、詩的に言えば、到達不可能なものを追いかけるということである」と言っている。 さらに第16巻第20章では、の内容を引用してカルタゾーノスについて述べている。 ローマ時代末期に、の、テュアナのアポロニオス(頃 — 頃)がユニコーンを目撃していた。 それによると、を訪れたアポロニオスはヒュファーシスの沼沢池で一本のを持つ野生のを見たと言う。 角の解毒効果についても彼は聞いており、彼の弟子がユニコーンの角についてどう考えるべきかと尋ねた時、彼は「インドの王達がここでは不死であると聞けば、私はそれを信じるだろう。 というのも、私やあるいは他の者にこのように健康的で治療力のある飲み物を提供できる者が、毎日自分のためにこれを注ぎ、酔いに至るまでこの角の酒杯から飲まないはずがないからだ」と答えている。 にの、文法家のガイウス・ユリウス・ソリヌス()はの『』から地誌上の珍奇な事物や事柄を抜粋して集め、記述した著作『奇異なる事物の集成』( Collectanea rerum memorabilium, 頃)を発表した。 この書は頃に改訂、増補され、『博物誌』( Polyhistor)として上梓されている。 ここにも、ユニコーンについての記述が第52章第39 — 40節にある。 しかし、最も恐ろしいのは、モノケロース(monoceros, 一角獣)で、これは恐ろしいうなり声を上げ、の、の、の、のを持つである。 そのの中央から、素晴らしい輝きのある一本のが突き出し、その長さはほぼ 4 (約 118. 36 )で、それは非常に鋭く、何であろうと一撃で、容易に刺し通す。 生きているものを人の力で手に入れることはなく、少なくとも殺すことはできても、捕まえることはできない。 --ソリヌス 『奇異なる事物の集成』第52章第39 — 40節 と比較してみるといくらかの言葉遣いの違いが見られることがわかる。 まず、プリニウスはユニコーン(モノケロース)のことを fera ()と言っているが、ソリヌスは monstrum ()と言っている。 こういった誇張した表現はその後も繰り返し使われる。 ユニコーンの鳴き声もプリニウスは mugitu gravi (太いうなり声)だが、ソリヌスは mugitu horrido (恐ろしいうなり声)となっている。 角の記述にも誇張した表現を見つける。 プリニウスは普通の cornu nigrum (黒い角)とあるが、ソリヌスによれば、splendore mirifico (素晴らしい輝きのある)角だと言う。 おまけに、角はとにかくとても鋭く、何でも一撃で切断することができるという。 角の長さも、4 (約 118. 36 )まで引き伸ばされている。 このソリヌスの記述はのちにの『』(ベスティアリ, Bestiary, )の原典の一つになる。 旧約聖書 [ ] にもかつてはユニコーンが存在していた。 以下にユニコーンが載っていたころの聖書の一つであるのからユニコーンが出てくる箇所を列挙する。 (内のは現在の聖書における詩篇の篇数を示す)• 神は彼らをエジプトから導き出された、その勇敢さは一角獣のようだ --『』第23章第22節• 彼の威厳は初子の雄牛のようであり、その角は一角獣のようだ。 それで彼は国中の民を突き刺し、その全てを地の果てにまで及ぶ --『』第33章第17節• 一角獣はあなたに仕え、あなたの飼い葉桶のそばに留まるだろうか。 あなたは一角獣に手綱をつけて、畝を作らせることができるだろうか、あるいはあなたに従って谷を耕すだろうか。 その力が強いからと言って、あなたはこれに頼むだろうか、またあなたのために働かせるのか。 あなたはこれに頼って、あなたの穀物を打ち場に運び帰らせるだろうか --『』第39章第9 — 12節• 獅子の口から我が身を救いたまえ、一角獣の角から弱き我が身を護りたまえ --『』第21(22)章第22(21)節• 主のみ声は香柏を折り砕き、主はレバノンの香柏を折り砕かれる。 主はレバノンを子牛のように躍らせ、シリオンを若い一角獣のように躍らせる --『』第28(29)章第5 — 6節• しかし、あなたは私の角を一角獣の角のように高く上げ、新しい音を授けられました --『』第91(92)章第11(10)節• 主の剣は血で満ち、脂肪で肥え、子羊と山羊の血、雄羊の腎臓の脂肪で肥えている。 主がボズラで犠牲の獣をほふり、エドムの地で大いに殺されたからである。 一角獣は彼らと共にほふり場に下り、子牛は力ある雄牛と共に下る --『』第34章第6 — 7節 (Bos primigenius)。 現代のでは「一角獣」の箇所が「野牛」と訳されているため「一角獣」という訳語は見つからない。 しかし当時はこのように「野牛」ではなくはっきりと「一角獣」と記されていた。 中葉に王( — )の命によって近郊のファロス島に送られた72人のユダヤ人学者達は、72日間で原本の旧約聖書をに翻訳し、ギリシア語版旧約聖書『(セプトゥアギンタ)』を作った。 聖書の中で、レ・エムは「力」を象徴する隠喩として述べられている。 ヘブライ伝承でレ・エムは狂暴な、飼いならすことのできない、壮大な力を持った機敏な動物で強力な角を持っているという。 これに相当するのが(Bos primigenius)である。 この見解はの「リム」(rimu)から裏付けられる。 リムは、力の隠喩として使われ、力強く、獰猛な、大きな角を持つ野牛である。 この動物は古代メソポタミア美術の中で、横顔で描かれ、あたかも一本の角を持った牛のように見える。 しかしこのころ、「レ・エム」の語に相当する野生の野牛、は既に絶滅していて、誰も実物を見ることはできなかった。 こうして、この『』から、ユニコーンは聖書の中に入った。 ラテン語訳聖書『』(ごろ完成? )はこれを引き継いだ。 の教皇ダマスス(在位 — )の命により、当時の大学者(? — )が中心となって完成させた。 従来のラテン語訳聖書の大改訂版である。 彼は「一角獣」を表すのに三つの単語を並列的に使った。 すなわちの「モノケロース」(monoceros, 一角獣)、「リノケロース」(rinoceros , の上にを持つ者、)、そしての「ウーニコルニス」(unicornis, 一角獣)を無作為に用いた。 この使用は何百年もの間、慣習的なものであり続けた。 ( — )も『』や『』と同様に訳した。 国王(在位 — )の命によって、五十数人の聖職者や学者からなる翻訳委員が、からの間に完成させた英訳聖書『(ジェームズ王の翻訳聖書)』()では、「ユニコーン」(unicorn, 一角獣)という訳語が使われた。 実際にはやに比定され、( — )はその存在を否定した。 原文のヘブライ語聖書では、一度だけに一本のの生えたが出てくる。 が自分がの城砦に誘拐される幻想について語る『』第8章である。 しかし、この無敵の一角獣も現在では「野牛」と訳されてしまっている。 ダニエルは第3年にウライ川のほとりで二本の角のあるを幻視する。 私が目を上げて見ると、見よ、一頭の雄羊が川(ウライ川)の前に立っているのが見えた。 それには二本の角が生えており、二本とも長いが、片方はもう片方より長く、長い方は後から伸びたものであった。 私は、その雄羊が西に、北に、南に突き進むのを見た。 いかなる獣もこの雄羊には太刀打ちできず、その手から救い出せる者もいなかった。 そして、この獣は自分の欲することをなし、大いに高ぶった。 --『』第8章第3 — 4節 そこへ西から一頭のがやって来た。 そして、私がずっと思い巡らしていると、見よ、一頭の雄山羊が西の方から全地の表を飛び渡って来たが、その肢は土を踏まなかった。 これは目の間に堂々たる一本の角を持っていた。 そしてこの雄山羊は、二本の角を持つ雄羊の所までやって来た。 雄山羊は猛烈な怒りを抱いて雄羊に向かって走って来た。 そして私は雄山羊と雄羊がぶつかり合うのを見た。 雄山羊は雄羊に対して激しい敵意を示し、これを打ち倒して、二本の角を折ったが、雄羊は立ち打つことができなかった。 こうして雄羊を地に投げ倒し、踏みつけたが、その手から救い出せる者はいなかった。 そして、その雄山羊は大いに高ぶった。 しかしこの雄山羊が最強になったとき、その大いなる角は折れ、四本の堂々たる角が生え、天の四方の風に向かった。 --『』第8章第5 — 8節 この幻視はこの後、ある声によってに、「ギリシアの王」すなわち(大王)によるとの破滅を意味するものと告げられる。 つまり強大な角を持つ雄山羊の最初の一本の角はアレクサンドロス大王を表し、その後に生えた四本の角はアレクサンドロスの後継者を名乗るのたちを表している。 ノアの方舟に乗らないユニコーン [ ] ユニコーンは飼い馴らしのきかない、たいへん凶暴な、無敵の、それゆえに自らの力を過信するなだった。 ユダヤ神話系の話が残るのには高慢なのユニコーンが出てくる。 その一つのポーランド民話ではユニコーンは以前の動物とされている。 ノアがあらゆる獣のつがいを方舟に入れた時、ユニコーンもまた受け入れた。 ところがユニコーンは他の獣を見境もなく突いたので、ノアは躊躇なくユニコーンを水の中に投げ込んだ。 だから今ではユニコーンはいない。 --『ポーランド民話』 小ロシア民話でもユニコーンはこれと似たようなことをしている。 自らの傲慢さのために自滅してしまうのである。 ノアが全ての獣を方舟に受け入れたとき、獣達はノアに服従した。 ユニコーンだけがそうしなかった。 ユニコーンは自らの力を信じ、「私は泳いでみせる」と言った。 四十の昼と夜の間、雨が降った。 鍋の中のように水は煮え立ち、あらゆる高みが水に覆われた。 そして方舟の舷側にしがみついていた鳥たちは、方舟が傾くと沈んでしまうのであった。 しかし、かのユニコーンは泳ぎに泳いでいた。 だが鳥達がユニコーンの角に止まったとき、ユニコーンは水中に没してしまった。 だからユニコーンは今日ではもう存在しないのだ。 --『小ロシア民話』 に印刷された絵入り聖書にトビーアス・シュティマー(Tobias Stimmer, — )が描いたには、ユニコーンのつがいがその高慢さから、方舟に背を向けて、あとに残る様子が描かれている。 フィシオロゴス [ ] 処女とユニコーン。 で典礼に使用された「フルードフ詩篇」より、、、、モスクワ歴史博物館蔵。 この書は、(空想上の動物を含む)、、を紹介して宗教上、道徳上の教訓が、『』、『』からの引用によって表現されているものであり、のちの中世ヨーロッパで広く読まれる『』の原典になったと言われるものである。 原本はで書かれ、各章には、まず聖書の言葉が述べられ、その後にその生き物についての自然科学的な解説が続き、最後には道徳的な教えが述べられている。 その第22章では以下のように書かれている。 詩篇作家()は言う。 「主は私の角をモノケロース(一角獣)の角のように高く上げられる(『』第92章第10節)」と。 フィシオロゴス(博物学者)はモノケロースが次のような性質を持つと言う。 モノケロースは小さな獣でぐらいだが、途方もない勇気の持ち主であり、非常に力強いため、狩人も近づくことができない。 それはの真ん中に一本のを持っている。 さてどうしたらこれを捕まえられるだろうか。 美しく装った汚れのないを近くに連れて来ると、それは彼女のに飛び乗って来る。 そこで彼女はそれを飼い馴らし、たちのへ連れて行くのである。 この生き物は、わがの姿に引き写すことができる。 なぜか。 私達の父の角がの家から蘇り、救いの角となられた(『』第1章第69節)。 の力ずくでは、彼を打ち負かすことはできなかった(『』第3章第22節)。 彼は真実かつ純潔なの胎内に宿った(の)。 言葉は肉となり、私達の内に宿ったのである(『』第1章第14節)。 --『』第22章 『』に載っているユニコーンの姿は古典文学の作家達が言うようなものと全く異なり、でもでもなく、の言うの肢も持っていない。 さらに、ユニコーンはによってのみ捕まえることができるという伝説も生まれた。 この伝説の起源は、頃にで成立したと言われる『』にあると考えられている。 ここに出て来る半獣半人のには一本の角は生えていないが、物語の構造は処女がユニコーンを誘惑する話とよく似ている。 エンキドゥは、の王の暴虐を鎮めるために神々の命により、女神によって土から作られた。 しかし作られたばかりのエンキドゥは、獣たちとともに暮らしてばかりいたため、宮仕えの遊女、つまり神聖娼婦が派遣され、彼を誘惑し、六日と七晩の間交わい合い、獣達から引き離し、本来の目的地、王都ウルクへと連れていく。 そこでギルガメシュとエンキドゥは激しく戦うが、やがて和解し両者は盟友となる。 梵仙(カーシャパ)ヴィヴァーンダカが湖畔でをしていると天女が舞い降りて来た。 ヴィヴァーンダカは彼女の美しさに見とれて思わず精を漏らしてしまった。 ところがそばで水を飲んでいたがこれを一緒に飲み込んでしまい、やがて一人のを生んだ。 この息子は人間の姿をしていたが、の中央に一本のが生えていた。 それゆえ彼は「リシュヤシュリンガ」()と呼ばれた。 彼はの他は人間を目にすることなく、修行を積んだ。 さてこの頃、は12年間に及ぶ大に苦しんでいた。 ある時アンガ国王ローマパーダの夢枕に神が立ち、リシュヤシュリンガを王都に連れて来れば旱魃は止むであろうと告げる。 そこで王は大仙のもとへ(または)を派遣する。 女性達は父以外の人間を見たことのないリシュヤシュリンガをまんまと誘惑し、王都に連れて来る。 大仙が王都に足を踏み入れるや大雨が降り、旱魃は解消する。 このリシュヤシュリンガのによると災厄の解消がへ伝わり、ユニコーンのによる捕獲、によると形を変え、『』からに伝わっていった。 (頃 — )が書いたと言われている後代の『』には、『』第22章第21節の中でがユニコーンからの魂の救いを祈っている詩篇について次のように述べている。 「一角獣は人間に対して悪意を抱いている。 一角獣は人間を追いかけ、人間に追いつくや、その角で人間を突き刺し、食べてしまうのである……よいか、人間よ、汝は一角獣から、すなわち悪魔から身を守らねばならぬ。 なぜなら、悪魔は人間に悪意を持ち、人間に邪悪なることをなすためにこそ送られて来たのだから。 昼も夜も悪魔はうろつきまわり、そので人間を貫き通しては、神の掟から人間を引き離すのだ」このようにユニコーンはのであると同時にその敵対者のの象徴でもあった。 ではこのような「両義性」というのは珍しいことではなかった。 バシリウスの『フィシオロゴス』にはとユニコーンの友情の話も載っている。 「ゾウには関節がないので、木に寄り掛かって眠る習性を持つ。 そこで狩人達がその木に切り込みを入れておくと、ゾウは大きなうなり声をあげながら木とともにひっくり返る(の著作『』第6巻第27節ではのないが同じように狩られる)。 隠れていた場所から狩人達が急ぎやって来て、無防備に横たわるゾウの顎から象牙を引っこ抜き、急いで逃げてしまう。 それは狩人達がユニコーンに急襲され、その餌食とならないようにするためである。 しかしユニコーンの到着が間に合えば、ユニコーンは倒れたゾウの傍らにひざまずき、その体の下に角を差し入れ、ゾウを立たせるのである」ここでもまたユニコーンは救世主の象徴となっている。 つまり「われらが主は王者の角として表されている。 われらすべての者の王は人間が倒れているのを、そしてその人間がに値するのをご覧になると、そこへやって来られ、その者を抱き起こすのである」この『フィシオロゴス』はに重点を置きユニコーン自体ではなく、その性質からたとえられている。 「ユニコーンは良き性質と悪しき性質を持っている。 良き性質はキリストおよび聖人にたとえられ、悪しき性質は悪魔や悪しき人間にたとえられる」 ユニコーンに関する話を載せた『フィシオロゴス』の断片はもう一つある。 「ある地方に大きながあって、野の獣達が水を飲もうと集まる。 しかし動物達が集まる前に、が這い寄って来て、水に毒を吐く。 動物達は毒を感じると、もう飲もうとしない。 彼らはユニコーンを待っているのである。 そしてそれはやって来る。 ユニコーンはまっすぐ水の中まで入る。 そうして角でと、もう毒の力は消え失せて、彼は水を飲む。 他の動物達もみんな飲む」達がから聞き伝えた角の解毒作用が再び登場している。 人を追いかけるユニコーン [ ] バールラームがヨサファートのの心構えのために話したの中に、人を追いかける獰猛なユニコーン(当初はだったかもしれない)が出て来る。 この伝説が語られる異本は — の聖人伝集のいくつかに存在する。 以下に述べるのは、(ごろ — )がに書いた『』( Legenda aurea, ごろに完成)の第174章 「聖バルラームと聖ヨサパト」の中のものである。 昔、セナールという国の近くのにバールラームという名の男が住んでいた。 彼は多くのをして、の偽りのに陥らぬよう人々にを行っていた。 このようなわけで、彼はある男のことについて語った。 その男はユニコーンに食べられないようにと、男を食べようとしているユニコーンから急いで逃げようとして、(または)に落ちてしまう。 それでも男はのにつかまることができた。 だが、彼の足は滑りやすく、もろい場所に置かれていた。 怒り狂うユニコーンが上から男を見下ろしている一方で、男の下の方には恐ろしいがを吹き、を大きく開けて、男が落ちてくるのを待っているのが見えた。 さらに滑りやすい足場の四方からは、四匹のが体を伸ばし、頭を突き出していて、男がつかまっている灌木の根元には、黒いと白いネズミの二匹が根元をかじっており、今にも引きちぎれそうであった。 ところが男が上を見上げると、灌木の小枝からが一滴垂れているのが目に入った。 そこで男は自分の身に迫るあらゆる危機を忘れて、その蜜のに束の間酔いしれるのである。 このユニコーンというのは、人間を至る所追いかけて来るである。 深淵はであり、あらゆる災いに満ちている。 灌木は人間のを意味し、それをとというが白と黒のネズミのようにかじっており、必ずすることになる。 四匹のヘビはを表しており、身体はから成り、そのが乱れたとき、四元素はせざるを得ない。 ドラゴンは人間を今にも飲み込もうとしているの入り口である。 しかし、蜜は、この世のはかないである。 この快楽に人間はふけり、全ての危機を忘れるのだ。 -- 『』 第174章 「聖バールラームと聖ヨサファート」 このたとえ話では『』第22章第21節のユニコーンのようにいついかなるところでも人間に追い迫ってくる「」の象徴と考えられていた。 後代の『』のユニコーンが人間を追いかけ、人間に追いつくと食べてしまうという話の出所は、この話ではないかといわれている。 中国に伝わる一本の角を持つ馬 [ ] 𩣡もしくは 䮀、 䑏疏という一本角の馬が、古代中国の様々な事柄を書いた『』やの書いた『江賦』などの古代の本に記されている。 の一角獣• (チーリン)• (カイチ) 紋章獣としてのユニコーン [ ] 王家の紋章 王家の象徴にもなっており、成立以後、現在の王家の大紋章には、ユニコーンがシニスターに、王家のにも用いられているレパード()がデキスターにとして描かれている。 の薬局協会のには、二頭の金のユニコーンがサポーターとして描かれているが、のではなくのである。 のには、ユニコーンのを持つコントラーダ(小地区)がある。 伝承 [ ] ユニコーンはにに住んでいたがの伝来以前にしていた、のとして伝えられたとも考えられている。 にもともとユニコーンの伝承があったとされることもあるが、実際には存在しないようである。 しかし近い地域においての(正確にはの、)がユニコーンの角とされていたりもした。 したがってユニコーンのは、周辺地域におけるを持つ(、、、、、、など)のがに伝わって一つに統合された結果であると考えることができる。 ユニコーンを題材にした作品 [ ]• よく「割れている」と誤解されるがそうではなく、で言えばとに相当する。 『クイーン・メアリー詩篇集』( The Queen Mary Psalter)第100葉裏より、 — 頃、蔵。 や では、がとの戦いに備え、をで研ぐとある。 尾形希和子 『教会の怪物たち』 講談社〈講談社メチエ〉、2013年、90頁。 「」 、、アシュモレアン博物館、。 , : Merchant Book Company Limited,. シェパードは一角獣の方を unicorn、そのであるの方を古いの形式の alicorno (では alicornio)に基づいて、alicorn と使い分けている。 ここに出て来る(Alces)には、後肢の膝関節がなく、一度横たわると二度と起き上がれないと言う()。 これと似た話が にも見られる。 そこには(Achlis)というヘラジカに似た生き物が紹介されているが、後肢のを持たないことなどカエサルの言うヘラジカ(Alces)と内容が一致している。 中世のラテン語訳聖書では が付いたり付かなかったりする。 ユニコーンのつがいが、に乗り込むことをしている。 バールラームとヨサファートの物語は、において、沢山の異本が知られており、のに起源を持つという。 さらに、いくつかの物語は、の生涯にかなり類似しているという。 出典 [ ]• 『』( Commentarii de Bello Gallico)、 —。 『』( Naturalis historia)、、、。 ソリヌス 『』( Collectanea rerum memorabilium)第52章第39 — 40節、頃。 の 『語源集』( Etymologiae) 第2章第12 — 13節、 —。 ラバヌス・マウルス 『万有誌』( De rerum naturis)、 —。 ホノリウス・アウグストドゥネンシス(オータンのホノリウス) 『世界像(イマーゴ・ムンディ)』( Imago Mundi) 第12章、。 『』( Aberdeen Bestiary)、頃、。 『アシュモル動物寓意譚』( Ashmole Bestiary)第14葉裏 「ウーニコルニス」、第21葉 「モノケロース」、初頭、、? 、ボドリーアン図書館蔵、。 『』( Harley Bestiary)、、 — 頃、、? 、蔵、。 『』( De animalibus)第22巻第2部第1章第71節 「モノケロース」、第106節 「ウーニコルニス」、年代不詳。 ヤーコブ・ファン・マールラント 『自然の書』( Der Naturen Bloeme)第2巻 「動物」• Koninklijke Bibliotheek, KB, KA 16, 、、頃、、オランダ王立図書館蔵、。 Koninklijke Bibliotheek, KB, 76 E 4, 、、 — 頃、、、オランダ王立図書館蔵、。 『』( Bestiarius)、、、、デンマーク王立図書館蔵、。 コンラート・ゲスナー 『動物誌』、第1巻 『胎生の四足獣について』( Historiae Animalium; liber primus, qui est de quadrupedibus viviparis)、、。 エドワード・トプセル 『四足獣誌』( The History of Four-Footed Beasts)より、、、。 ウリッセ・アルドロヴァンディ 『』( De quadrupedibus solidipedibus)より、、、。 ヤン・ヨンストン 『博物誌』( Historiae Naturalis)、第1巻 『四足獣誌』( De Quadrupedibus)より、、、、金属版画、 — 、。 『と』( Psychologie und Alchemie)第3部第6章第2節、。 参考文献 [ ]• リュディガー・ロベルト・ベーア 『一角獣』 和泉雅人訳、、。 『』 木下哲夫訳、、。 Odell Shepard, The Lore of the Unicorn, : Merchant Book Company Limited,. 種村孝弘 『一角獣物語』 、。 『衝撃のオーパーツ!恐竜ミステリー』 関連項目 [ ]• (二角獣, Bicorn)• - インヴィジブル・ピンク・ユニコーンは、有神論を風刺したパロディ宗教の女神。 目に見えないがピンク色をしている。 モデルとされる動物• ( Oryx leucoryx)• ( Bos primigenius)• ( Rhinoceros unicornis)• ( Elasmotherium)• ( Monodon monoceros)• また古代の遺跡からユニコーンを模した兜飾りが発見されており、その頭部はこの恐竜に酷似している。 外部リンク [ ] ウィキメディア・コモンズには、 に関連するメディアがあります。

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