ホワイト ボード ゲーム。 【新作】SPIEL’17:ホワイトゴブリンゲームズ(White Goblin Games)

ホワイトナイト|ボードゲーム通販

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お願い。 ご近所にドンキホーテがあるボードゲーム愛好家の皆さん。 地元ドンキのボードゲームがラインナップが強化されているか教えてほしいです。 ドンキが全体的にボードゲームを積極的に売り込んでるいるのかを知りたいです。 よろしくお願いします。 地元、茨城はこんな感じ — 笑う狐 コマ 黄 waraukitune 一部のみで申し訳ないですが、横浜日吉店です。 他にもありどんどん増えてるイメージです。 いわゆるドイツゲームは少な目ですが、上の棚にカタンとブロックスはありました。 — ひげっち hidgepaso 石川県は金沢市のメガドンキです。 — くろぅ・ザ・スタッキング CrowTheStacking ちなみに同店2月のラインナップ。 お気に入りのボードゲームを家族や友達と楽しんでみては、どうでしょうか。 — 日立ボードゲーム少年団 hiboardgameBs よくドンキでボドゲの売り行き具合を見てるんだけど、今日はドブルとコヨーテが売り切れてた。 — シグマ sigma700 ボードゲームを知らない方から「このゲーム何処で、売ってます?」という質問された時に以前は 「アマゾンか東京のゲームショップ」と答えていましたが これからは「お近くのドンキで売ってますよ!! 」に変えようと思います。 — 笑う狐 コマ 黄 waraukitune 今まで「津市のどこでボードゲーム買えますか?」と聞かれたら、買えるところないのでネットで。 と答えていたけど、ドンキに少しだ売ってますという選択肢が増えました。 各店舗のボードゲームのラインナップが強化されている。 ドンキがボドゲを積極的に売り込んでるボードゲームかなり来てるな。 — 笑う狐 コマ 黄 waraukitune 八王子のドンキ、めっちゃボードゲームあるんだが!!!ときめくわ。。 ラブレター、いまこんな感じなの!?知らなかったよ。。 — ゆうき 黒眼鏡。 1470• 459• 969• 157• 201• 362• 4 過去ログ.

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ホワイトチャペルからの手紙|ボードゲーム通販

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生まれ年順。 今何歳なのか、同年代は誰か、誕生日はいつなのかなどが分かります。 ゲリー、インディアナ、フィラデルフィア、ペンシルバニアを経て、ニューヨークに移住。 一男一女で孫も2人いた。 1943年から建築エンジニアの職に就くが、3年後の1946年からゲームを発表し始める。 1962年には、8才のときから温めていたという名作「アクワイア」で一躍有名になる。 1970年よりフルタイムのゲーム作家として精力的に活動を始め、100タイトル以上の作品と、『A Gamut of Games(シド・サクソンのゲーム大全)』などのゲーム関係の著作を世に出す。 晩年は趣味のダンスなどを嗜みながら、ゲームにも愛情を注いでいたが、アルツハイマー病で施設に入り、82歳で世を去った。 大学では哲学を専攻、兵役では通信部門に入った。 1961年よりゲーム作家として仕事を始める。 1961年より1968年まで日本に住み、将棋有段者となる。 加藤一二三九段との親交もある。 2004年ヴェネツィアで逝去。 コーンタル(Korntal)在住。 経営学を修め、大企業シーメンスのデータ開発チーフを経てドイツ初の職業ゲームデザイナーになる。 理想は「全く新しいタイプのゲームを開発すること(einen ganz neuen Typus von Spiel zu entwickeln)」。 友人であるミヒャエル・キースリングやリヒャルト・ウルリッヒとのコンビで数々の人気ゲームを生み出す。 ミュンヘンで社会学を学んだ後、83年にハンス・イム・グリュック社を設立。 多数の傑作を生み出す。 編集者として活躍してきたが、関係者の名前をもじった仮名「ミヒャエル・トゥメルホファー」で『サンクトペテルブルク』を発表し、デザイナーとしても名声を高めた。 -) イスラエル・ハイファ出身。 テルアビブ在住。 1980年台からボードゲームを発表し始め、1990年発売の『ハリガリ』が大ヒット。 キッズゲームからライトで繰り返し遊べるカードゲームまで数多く発表している。 代表作:ハリガリ、スピードカップ アラン・R. ムーン Alan R. 子供の頃から『リスク』に親しむ。 16歳でカナダに移住、さらに18歳の時にアメリカへ。 ほどなくしてベトナム戦争に駆り出された。 帰国後ゲーム誌のライターをする傍ら、ゲームを考案。 やがてドイツに共同出資でホワイトウィンド社を設立し、90年ごろからゲームを発表し始める。 これが好評を博し、ドイツの大手メーカーから声がかかるようになった。 2004年2月に結婚。 歯科技工士の傍らヒット作を連発し、TMシュピーレ(1993年)、ゴルトジーバー(1995年)設立にも関わっていたが、『カタン』のヒットで1999年から専業ボードゲームデザイナーとなる。 2002年に息子のグイド・トイバーと共に有限会社カタンを設立し、カタンのライセンス管理やデジタル化を行っているほか、もうひとりの息子であるベンヤミン・トイバーと親子で新作を制作している。 ウルム大学で物理学と数学を学んだ後、ニューヨークに留学し、帰国後数学の博士号を取得。 ソフトウェア開発会社、メガバンクに勤務した後、80年代中頃からボードゲームの制作を始め、97年から専業ボードゲームデザイナーとなる。 2013年にはメビウスゲームズの招来で来日し、『京都』が発売された。 長らくイギリスのウィンザーに居住していたが、2017年からドイツのミュンヘンに転居している。 「クニツィーア」の表記も。 -) ドイツ・ブレーメン生まれ。 ドイツテレコムの後、ブレーメンのソフトウェア会社に勤める。 その頃からヴォルフガング・クラマーと共作で大賞作品を次々と生み出した。 60歳となった2017年、新作を次々と発表して新境地を開いている。 99年に『ビッグシティ』でデビュー。 斬新なデザインによって、ドイツゲームに新風を吹き込んだが、癌のため50歳で逝去。 「デロンゲ」「デロンジェ」の表記も。 -) ドイツ・ボン生まれ。 ゲームデザイナーであると同時に評論家でもあり、2000年台から『シュピール』ボックスで記事を執筆している。 ミシガン州立大学、スタンフォード大学で経済工学システムを学び、プログラマーとテクニカルライターとして働きながら90年台からボードゲーム開発を始める。 2007年に『レース・フォー・ザ・ギャラクシー』のヒットで専業になり、マット・リーコックはじめ様々なデザイナーとコラボして作品を発表している。 ハノーファにある障害児学校の言語療法士。 障害児教育の一環としてゲームを作っていたが、90年代前半からボードゲームを発表するようになり、一躍有名になる。 本人いわくシステムから入る派。 メーカーに持ち込む前から念入りなテストプレイをしており、発表数は年に1, 2作品と少ないがその分いずれも完成度が高い。 趣味は旅行、ゲーム、バドミントン。 「ドーラ」と表記されていたこともあった。 フランス西部のサンマロ在住。 14歳からボードゲーム制作を始め、2000年にデビュー。 海上税関の仕事をしていたが、2010年に専業ボードゲームデザイナーとなる。 同時プレイのエキサイティングな作品で定評がある。 -) ドイツ・アーヘン在住。 妻のバルバラがイラストを担当した作品を夫婦のイニシャルをとって「dbシュピーレ」というレーベルで発表したのが始まりで、2000年から主にクイーンゲームズで作品を発表している。 ユニコーンの研究で歴史学博士号を取得。 現在経済・社会学の教師を務め、半分はパリに、半分はアヴィニョンに住む。 1995年から毎年、「ルドパティック」というゲーム会を開催し、フランスのボードゲームデザイナーがそこで知り合い、共同制作するきっかけを作った。 批評家としても知られ、日本の同人作品を「ミニマリズム」と呼んでいち早く着目している。 ゲームマーケット2018大阪で来日。 「フェイドゥッティ」「フェドゥッティ」の表記も。 -) ドイツ・バー・ディツェンバッハ在住。 元中高等学校の地学・数学教師で専業ボードゲームデザイナーとなる。 1997年にデビューし、ひねりのきいたカードゲームを制作してきた。 2017年からは娘のリナと共作も発表している。 90年代からボードゲームを制作し始め、90年、ハンス・イム・グリュック社から『海賊(Freibeuter)』でデビュー。 2008年にdlpゲームズを設立し、自身の作品だけでなく幅広い作品を製作している。 -) イギリス・サイサヌトン近郊生まれ。 マンチェスターを経て、ニュージーランド在住。 大学で歴史学を学び教師になったが、ミニチュアゲームのゲームズワークショップに転職し、1990年からゲームデザインを始めて1994年にエッセン・シュピールに自作ゲームを初出展。 2000年に「ウォーフロッグ」(後にツリーフロッグに解明)というレーベルを立ち上げて数多くのゲーマーズゲームを発表してきた。 ニュージーランドに移住したことから2016年から自社出版をやめ、ゲームデザインに専念している。 「ウォーレス」「ウォレス」の表記も。 ドイツテレコム社勤務。 発表作品は少ないが、1988年に妻のカレンと結婚し、2人でボードゲームを制作し始める。 寡作ながらゲーム賞を複数回獲得している。 -) マック・ゲルツと呼ばれている。 ヘンネフ在住。 カトリック神学を学んだ後、ケルンでピアノと作曲を学び、中高等学校で音楽を教えていたが、00年のデビュー作『カルカソンヌ』が大ヒットとなり、現在フリーランスのボードゲームデザイナーをしている。 ボードゲームは89年にエッセン・シュピールを訪れて以来の趣味で、ボードゲーム制作も早くから始めていた。 -) フランスのボードゲームデザイナー。 フランス東部のサン=ピエール・アン・フォシニー在住。 18歳のときにモダンボードゲームに出会うも、タングステン合金の研究開発、趣味のラグビー、2人の子育てで忙殺されていた。 1999年に膝の故障でラグビーができなくなり、同年に離婚したことで時間が生まれ、ボードゲームを開発し始める。 2002年にユーロゲームズ・デカルトからデビュー。 フェデュッティ、ラジェ、モーブロン、ポーションなど、数多くのフランス人ゲームデザイナーと共作している。 -) ドイツ・ヴィースバーデン生まれ。 フランクフルト在住。 ダルムシュタット大学でグラフィックデザインを学び、15年ほどアートデザイナーとして広告会社に勤務する。 ゲームデザイナーコンテストの入賞でデビューを果たし、2005年から専業ボードゲームデザイナーとなる。 「シャハット」「シャヒト」「シャフト」の表記も。 -) イタリア・ヴェネツィア生まれ。 歴史学博士。 銀行員の傍ら、ゲームデザインや作詞作曲もする多才派。 12歳の時、ヴェネツィアに移住したアレックス・ランドルフのもとに創作ゲームを持ち込んで指導を受け、以来晩年まで師弟関係となった。 やがてランドルフ、ダリオ・デ・トッフォリと3人でベニスコネクションを設立した。 代表作:カルタヘナ、ババンク カルロ・ロッスィ Carlo A. -) ドイツ・オスナブルック生まれ。 ニュルンベルク近郊在住の経営学校教師。 既婚で3人の子どもがいる。 キッズゲームでデビューし、フリークからファミリー向けまで幅広い作品を制作している。 重なったコマを1つずつ置きながら移動するシステムは「ドーン歩き」と呼ばれる。 「ドルン」の表記も。 ドイツ年間ゲーム大賞:イスタンブール(エキスパート部門) ドイツゲーム賞:ルイ14世 その他代表作:ジェノバの商人、ゴア、ジャンボ、ベガス、カルバ ドナルド・X. ヴァッカリーノ Donald X. -) アメリカのボードゲームデザイナー。 ニューヨーク在住のプログラマーで、『マジック:ザ・ギャザリング』の開発にも携わっていたが、『ドミニオン』の大ヒットによりデッキ構築ゲームというジャンルを切り拓いた。 ギュータースロー在住。 12歳の頃からゲームのアレンジなどを始める。 ドルトムント大学で統計学を専攻するが、ゲームに入れ込みすぎて8年半在籍の後、1998年中退。 この間に30アイデア考案したというカードゲームから、1997年に発表した『ボーナンザ』がヒット。 2000年に仲間とルックアウトシュピーレを設立、2007年に『アグリコラ』をヒットさせ、ゲーマーズゲームとしては異例の40万個を売り上げている。 その後もゲーマーズゲームのヒットを続け、日本のファンからは「ウヴェ様」と敬われる。 2012年にフォイヤーラントシュピーレ、2016年にシュピールヴィーゼ出版の設立に携わり、デザインだけでなくプロデュースにも成功している。 2007年に結婚、一女三男。 ブレーメン在住。 大学で数学を学ぶ傍ら1992年「シュピーレ・バウ・シュテレ」を設立し、作品を発表し始める。 1994年に自分のイニシャルを取って社名を「2Fシュピーレ」に変更。 「F」から始まるゲーム名と、髪と同じ緑色のパッケージで斬新な作品を発表し続けている。 「フリードマン」の表記も。 -) ドイツ・カールスルーエ生まれ。 ゲンゲンバッハ在住。 99年から中高等学校で体育と物理を教えており、2014年に校長に就任。 その傍ら、98年にゲームデザインコンテストに入賞し、2005年にデビュー。 アレア・ブランドで数多くのゲーマーズゲームを発表している。 情報学を学んだ後、コンピューターゲームの開発に携わり、2006年にチェコゲームズ出版を設立。 ドイツゲームとは一線を画する独特な作風でファンを掴んでいる。 ウィーン在住。 経済学を学び金融関係で自営をしている。 ウィーンのボードゲーム代理店ホワイトキャッスルゲームズを通じて出版社とつながり、2008年にデビュー。 新世代のボードゲームデザイナーとして注目されている。 -) アメリカ・セントポール生まれ。 90年台からボードゲームを制作し始め、1995年にデビュー。 2008年の『パンデミック』や、『禁断の島』シリーズなど協力ゲームで注目を集める。 シリコンバレーでインターネットサービス会社AOLやYahooで働いていたが、2014年から専業ボードゲームデザイナーとなり、『パンデミック・レガシー』を発表している。 東北大学で情報工学をび、修士を取得。 その後システムエンジニアとして働きながら、2007年、個人のゲームブランドである「OKAZU brand」を設立。 2012年に初めてひも電(String Railway)で海外デビューを果たす。 それから毎年、新作ゲームを複数制作しており、2015年に独立して専業ゲームデザイナーとなった。 インカはホテル業を学んだ後、法律事務所に秘書として働く。 ブラントは生命保険業を学んだ後、父親の生命保険代理店を継いだ。 1999年に知り合い、翌年に結婚。 結婚前から夫婦で試作品のテストプレイを行い、ヒッポダイス・ボードゲームデザイナーコンテストに入賞。 新作を次々と発表するようになる。 2000年に生まれた長男ルカスと2002年に生まれた長女エメリーも加わり、家族でボードゲームを制作している。 -) パリ在住のソフトウェア・エンジニア。 1999年からボードゲーム編集者を務め、2000年にはルックアウトゲームズの共同設立者となった。 ケルン・メディア専修学校でアニメーション映画を学び、イラストも手がける。 ドイツ海賊党党員。 「カサソラ」と呼ばれる。 ボローニャ大学教育科学部卒業。 2009年にカードゲームでデビューし、ダニエレ・タッシーニ、ゲームデザイナー集団「アッキトッカ」出身のカップル、ヴィルジーニョ・ジッリ&フラミニア・ブラジーニと共作で新時代のゲーマーズゲームを発表。 2014年からクレイニオ・クレイエーションの編集長を務めている。 化学と情報学を学んだ後、ゲームおよびインタラクティブメディア専門学校ENJMINでゲームデザインを学ぶ。 学校教師の傍らボードゲームを発表していたが、2008年から非常勤にしてゲームデザインに力を入れている。 親日家として知られ、日本をテーマにしたボードゲームを数多く発表しているほか、ゲームマーケットに頻繁に参加している。 「アントワーヌ」「ボウザ」の表記も。 ウィーン大学で遺伝学・微生物学を学び、ウィーン医科大学で博士号を取得した後、イギリス・ケンブリッジで癌細胞のスクリーニングについて研究する。 2016年に帰国後、ポスドクとしてウィーンの薬理・毒性学研究所で働いている。 20歳頃から趣味でボードゲームを制作していたが、2015年にデビュー。 ドイツ年間ゲーム大賞・エキスパートゲーム大賞に3タイトルがノミネートされるという快挙を果たし、一躍注目を集めている。 「ウォルーシュ」の表記も(rの後に母音がない以上、この表記は許容し難い)。 東京在住。 中学でテーブルトークRPGやマジック・ザ・ギャザリングと出会い、アナログゲームの道を歩き始める。 大学入学後に大規模MMOと出会い、大学院を中退。 アルバイトをしながらボードゲームの制作を続ける。 海外にゲームを紹介する組織・ヤポンブランドへの参加がきっかけで製作した『イカサマージ』がヒット。 その後、ゲームマーケットの「500円ゲーム」企画で、16枚のカードというミニマルなフォーマットでデザインした『Love Letter』が国際的に高く評価された。 -) オーストラリア・ウロンゴン生まれ。 シドニー在住。 大学で映画を学び、神学で修士号を取得。 2000年台中頃からボードゲーム制作を始め、2007年にデビュー。 2014年まで「アドベンチャーランド・ゲームズ」という個人レーベルで自分の作品を出版していたが、現在はゲームデザインに専念している。 代表作:スシゴー!、イムホテップ、クマ牧場.

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ホワイトチャペルからの手紙 日本語版

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あふれんばかりの人混みと悪臭に満ちた貧民街が連なる通りこそ、ロンドンでも貧しくみじめで哀れな者たちが我が家と呼ぶ場所だ。 街角はどこもかしこも娼婦たちが立ち、客を呼び込んでおり、そのような女たちは「さげすまれ者」と呼ばれ、その名の通りの境遇の、哀れな者たちだった。 そしてここはこれ以上ひどい場所はないであろう、最底辺の街だ。 そして、通りを殺人鬼が歩き、「さげすまれ者」の哀れな人生に恐ろしい幕引きをしていた。 切り裂きジャックの夜が来たのだ。 『ホワイトチャペルからの手紙』は、19世紀末ヴィクトリア朝のロンドンを舞台に、プレイヤーのうち1人が切り裂きジャックとなり、他のプレイヤーは彼を追う捜査員となります。 切り裂きジャックは恐るべき殺人を実行した後、捜査員からの追跡を逃れ、迷路のように入り組んだホワイトチャペル地区の闇夜に紛れます。 何としても捜査員側は推理をきかせて、切り裂きジャックが次の殺人を犯す前に、お互い協力して切り裂きジャックを追い詰めていかなければなりません。 はたして、史上最も有名な連続殺人犯、切り裂きジャックは史実と同じく正体は謎のまま逃れてしまうのか? それとも彼の秘密を白日の下に暴き、法の裁きにかけることができるだろうか? 雰囲気たっぷりのアートワークを用いた、追跡と逃走の手に汗握る2~6人用のゲームです。 19世紀末、ロンドンの街中を震撼させた「切り裂きジャック」を題材とした作品です。 「スコットランドヤード」や「ミスターX」等でお馴染みの「犯人役VS警官役」でゲームは進行し、犯人の切り裂きジャックは4回の殺人を成功させ逃げ切れば勝利、警官は協力して切り裂きジャックの逃走経路から居場所を突き止め逮捕できれば勝利となります。 序盤こそ切り裂きジャックが有利ですが、後半になると警官側は隠れ家の目星をつけることができるので、徐々に切り裂きジャックが苦しくなっていきます。 この手のゲームにありがちな「皆協力型だけど、声の大きい人の意見が採用される」ことを防ぐために、各ラウンドで「捜査主任」を選出し、その人が警官側の動きを決めることができるので「話を聞いてるだけだった」「考えを聞いてもらえなかった」ということは少ないと思います。 「スコットランドヤード」よりルールは複雑ですが、4ラウンドでゲームが終わり考えている時間がほとんどなので、実際にかかった時間よりも短く感じるほど楽しめますよ。 個人的には時間をかければ犯人が不利になるので、タイマーなどで時間制限を設けることをおすすめします。 いわゆる「スコットランドヤード」系ですが、特徴としては「犯人はボード上に姿を現すことが全く無く、決まった時間以内にアジトに帰らなければならない」ということ! 警察側は、犯人が居場所を公開する事はないので、最初は探すのが非常に困難です。 しかし犯人が犯行現場から移動を始めアジトに帰る事は知っているので、その足取りを探しマーカーを置いたりして推理している間に段々と犯人を追い詰めていく事が出来ます。 犯人は一切姿を見せることなく行動し、さらに路地を移動したり馬車に乗ったりして警察側を欺きながら移動できますが、必ず同じアジトへ戻らないと負け(逮捕)になる為、何度か殺害を行っている間(犯人は5名の殺害事件を起こすことになっており、都合4回警察と追いかけっこをします)にどんどん警察側にアジトの場所を特定されていき、次第に追い詰められていきます。 ちなみに自分がやったことある同系統のゲームは「スコットランドヤード」「ドラキュラの復讐」「ホワイトチャペル」「ラストフライデー」あたり。 未プレイの「ミスターX」は評価高いので気になるが、現時点では、プレイした4つの中でこれが一番好き。 一番有名なスコットランドヤードと比較すると、まず、逃げる側はスコットランドヤード以上に難易度高い。 なぜなら、ホワイトチャペルの逃げる側は最初に隠れ家を決めなければならず、ゲームは全部で4ラウンドあるのだが、その全ラウンドでその隠れ家に逃げ延びなければならない。 よって、後半になるにつれ、隠れ家がだいたいどこかわかってきてしまうのがきつい。 次に、4ラウンド全てのスタート地点が見えていること。 毎ラウンド、ホワイトチャペルの逃げる側は、殺人事件を起こしてそこからスタートするのだが、その殺人事件の場所があらかじめ指定されている。 その場所は7つあるのだが、1度使った場所は2度と使えないため、ラウンドが進む毎に、スタート地点が限られていく。 なので、後先考えずに、やってると、最後がきつくなるので、計画性がかなり重要。 そして、つかまえる側だが、スコットランドヤードと違い、毎ラウンド姿を表すということがない。 姿をとらえるためには、逃げる側に近いマスに移動しなければならない。 といったあたりだろうか。 そして、このゲームはゲーマー向け。 地下鉄とかバスなどの乗り物縛りがないことに加え、地区の中に逃げるアクションが、かなり広い範囲で移動できるため、スコットランドヤード以上に考えることが多い。 逃げる側もただ短期的に逃げるのではなく、長期的な計画(どこを隠れ家に決めて、どのラウンドで特殊チップを使って、どこで殺人事件を起こして、どのルートで逃げるか)が必要なため、かなりハード。 あっさりつかまるとすぐに終わるが、フルでいくと3時間は超えるため、その点でもゲーマー向けな気はする。 スコットランドヤードをやっていないのであれば、スコットランドヤードでいいと思う。 スコットランドヤードは嫌いじゃないけど、さすがに飽きたというゲーマーに刺激を与える作品としてオススメ。 ルールが若干わかりづらい部分もあるが、ゲーマーなら大丈夫でしょう。 舞台はロンドン、ホワイトチャペル地区。 切り裂きジャックとして有名なジャック・ザ・リッパーによる連続殺人をモチーフにしたゲームです。 ミステリー小説が好きな私が、初めて買ったボードゲームでした。 やった事はありませんが、スコットランドヤードにゲーム性がよく似ているようです。 プレイヤーはジャック役ひとり、その他はジャックを追う警察官役に分かれて勝負をします。 当然ジャックの駒は存在しないので、どこに逃げたのかメモとペンで記録しながら逃げ回ります 警察官はその見えないジャックを、痕跡などから調査して、追い詰めていくというもの このゲーム、ジャックの連続殺人をモチーフにしているので何度かラウンドがあり、その全てを逃げきらなくてはいけません ただし、ジャックの隠れ家は変わらないので、頭を使わないと1ラウンド目は逃げ切れても、2、3ラウンドには隠れ家が見つかってしまう事になります。 そのため、ジャック側は一直線で逃げずに、わざと回り道をして警察官の操作を混乱させたり、ジャックだけが使える抜け道などを上手く駆使して足跡を残さないようにする工夫が大切です 個人的な評価ですが、自分にはあまり合いませんでした。 このゲーム、ジャックは楽しいです。 いつ捕まるか分からない中、警察のすぐ隣を通り、逃げ切れた時などは心の中でほくそ笑むものです。 ただ、警察官が1ラウンドにやれる事が移動か調査、もしくはジャックの逮捕くらいしかないので、非常に地味です また、ひとりひとりが動いて勝つというものでもなく(強い敵に雑兵が数で勝つというイメージ)、詰め将棋のように逃げ場をなくして勝つといった動きになるので、意見が出来る人、中心になる人が「あっちに動いて」とか「そっちに行って」などの指示を出し、その指示通りに自分の駒を動かす、だけになりがちでした。 なので、楽しい人と、そうでない人がゲーム中に分かれる、そんな印象を受けました。 ログインするメリット• マイボードゲーム機能約10,000個のボードゲームに対して持ってる・お気に入り・興味ありなどの登録・保存機能をご利用いただけます。 リストは友人・知人にも共有が可能で、人数順・時間順・発売年順などに並び替えることができます。 新しいボードゲームの発見(BETA)自分のマイボードゲームデータを分析し、あなたに似ている会員が他にどのようなボードゲームを「お気に入り」にしているか、簡単に調べることができます。 未経験かつ未所有のおすすめボードゲーム機能です。 コミュニケーション機能ゲーム単位でレビューやインスト情報、参加者と共同で編集するリプレイ日記などに投稿することが出来ます。 盛り上げたい・流行って欲しい・人に勧めたい作品について情報受発信の場としてご活用いただけます。 現在、スタッフブログ・開催イベント・入荷した新しいゲームの通知機能を開発しています。 ボードゲームにまつわる、あらゆるモノ・コトをデータベース化し、便利な機能を開発していきます。

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