芥川 龍之介 桃太郎。 桃太郎 芥川龍之介

桃太郎 芥川龍之介

芥川 龍之介 桃太郎

桃太郎には桃から生まれた「果生型」と、おばあさんが若返る「回春型」の2パターンある【1】 鬼のした「悪事」については語られていなかった! 鬼がいったい何をしたから征伐されることになったのかは「分からない」が答えです。 近年出版されている『桃太郎』のお話では、鬼が ・畑を荒らしたり、宝物を奪ったりしていた ・村の娘や子供をさらったり、作物を奪ったりしていた などの説明がされていることもありますが、「和平交渉の余地もなく、いきなり鬼ヶ島へ乗り込んで退治しなければならないほどの理由」は確認できません。 「鬼は、たとえば性犯罪のような、子供向けの絵本には書けない『口にするのもおぞましい悪事』を繰り返していたのではないか?」 と考えたくもなりますが、どうもそういうことではなさそうです。 実は 「鬼が悪いことをしたから、その鬼を桃太郎が退治しに行った」 という設定は明治時代以降に付け足されたもので、それ以前に出版された『桃太郎』ではなんと 「桃太郎は、宝物欲しさに鬼ヶ島へ行った」 ということになっていたのです。 つまり鬼のはたらいた悪事の内容どころか「そもそも鬼は、『鬼だから悪い』」と一方的に決めつけられ、そこに理由など存在しなかったということです。 さすがにこのような理不尽な設定では、絵本を読んでもらっている子供に親が「ねえ、なんで鬼は悪いの?なんで退治されちゃうの?」と質問責めにされ、困ってしまうでしょう。 そこで時代とともに、子供にもわかる「鬼の悪事の内容」が付け加えられたのでしょう。 「鬼ではなく桃太郎が悪人だった」という新解釈も 画像出典:ダ鳥獣ギ画 ここでの桃太郎は、「ラクして金品を手に入れたかったから、 何も罪のない 鬼の征伐に乗り込んだ」という、侵略者・略奪者として描かれているのです。 また坂田寛夫の小説『桃次郎』を原案とした劇団四季のミュージカル『桃次郎の冒険』では、『桃太郎』のお話のその後と、鬼の側から見た物語の世界観が描かれています。 同じ物語でも、様々な時代・作者によって書かれたものをいくつか読み比べてみると、これまでになかった新しい解釈ができるかもしれませんね。 参考桃太郎は盗人なのか?/公益財団法人 図書館振興財団「桃太郎は盗人、鬼は悪くない」200冊読み比べた小6が本を出版 椎名誠さんも絶賛『桃太郎』芥川龍之介Wikipedia/桃太郎 外部サイト.

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図書カード:桃太郎

芥川 龍之介 桃太郎

絵本の読み聞かせ仲間から誘われていた、朗読講習会に先日行ってみた。 今はの『桃太郎』を教材にやっているとのことで、この作品は、朗読動画で聞け、ネットの「」で読めるので、事前に予習して来てとの連絡があり読んでみた。 この版『桃太郎』は知らなかったけど、皆が知っている昔話の『桃太郎』をパロディ風に変えていて面白かった。 、こんな作品を書いていたとは。 」からだそだ。 この桃太郎は怠け者だったのか。 しかも桃太郎を育てたお爺さんやお婆さんも、 「内心この腕白ものに愛想を尽かしていた時だったから、出陣の支度に必要なものは桃太郎の言いなりに持たせることにした。 」そうだ。 鬼ヶ島へ向かう桃太郎が腰に下げたきびだんごに目を付けた犬が、「一つくれればお供する。 」 と言ったことに対して、桃太郎はとっさにそろばんを取り出し「半分しかやらぬ。 」とケチくさいことを言い、犬と押し問答になる。 その後犬の他にも、きびだんごの半分を餌食に、猿やキジも家来に従え、仲の悪い動物同士がいがみ合いながらやっと鬼ヶ島に到着する。 その鬼ヶ島は、極楽鳥のさえずる美しい天然の楽土であり、鬼たちは琴を弾いたり踊りを踊ったり、詩を歌ったり平和に暮らしていた。 鬼のお婆さんは孫の世話をしながら、 「お前達もいたずらをすると、人間の島へやってしまうよ。 」 「人間の島では鬼は殺されてしまうのだ。 」と、いい聞かせる。 そして、人間とはどうものかとの問いに対して、 「人間とは、角の生えない色白で気味の悪いもの。 」 「欲深く、嫉妬深く、自惚れ強く、仲間同士殺し合うし、火はつけるし、泥棒はするし、手のつけようのないケダモノだよ。 」と、孫達に説く。 桃太郎一行は到着した鬼ヶ島で、ありとあらゆる残虐行為をして、宝物と生き残った鬼の酋長の子供を人質に、意気揚々と国へ帰って行く。 その時鬼の酋長は桃太郎に、 「自分達は貴方様達にどんな無礼をしたのでしょうか?何故こんな酷い仕打ちを受けなければならなかったのでしょうかでしょうか?」 と、恐る恐る質問をする。 それに対しての桃太郎は、のらりくらりと答えになっていない説明を述べ、 「つべこべ言うなら、お前たちも皆殺しだ。 」と脅す。 この後、桃太郎は幸福な一生を送ったわけではなく、人質の鬼の子や鬼ヶ島で生き残った鬼達の復讐に遭い、住まいを焼かれたり、ずっと命を狙われ続ける。 そして桃太郎は、 「どうも、鬼というものの執念深さには困ったものだ。 」とため息をつく。 その間も、鬼たちは恋をするのも忘れ、鬼ヶ島の独立計画のため着々と準備を進める。 これを読み終えて、「こんな鬼にしたのは誰じゃ~!」 と思わず、テーブルをひっくり返しながら叫んでしまった。 というのはもちろん嘘だけれど、鬼は最初から悪い鬼だったわけではなく、一般的な昔話とは鬼と桃太郎に抱いたイメージが真逆で面白かった。 ネットサイトから読んだので、この作品の解説が知りたく調べてみたら、アマゾンの本書内容説明にこう記されていた。 大正期に活躍した「新思潮派」の作家、の後期の小説。 初出は「」臨時増刊[、1924(大正13)年]。 「白葡萄」[、1925(大正14)年]に収録。 昔話「桃太郎」のパロディであるが、日本政府が中国を植民地化したことを訴える内容となっており、その政治性、時代性から初期プロレタリア小説と位置づける見方がある。 なるほど、のその時代、日本が中国を植民地化したことを訴えた物語だったのか。 言われてみれば、戦争の始まりに置き換えた話とも思えるし、歴史的に見てもこの地球上で色々似たようなことが起こったような。 最初はウォーミングアップの為の簡単なストレッチから始まり、。 これらの練習は、バンドで歌う時にも大いに役立ちそうだ。 それからこの『桃太郎』を段落ごとに順番に読んでいき、読み方指導を受けるという流れだった。 珍しい固有名詞や、言い回しなどの読み方やアクセントが難しかった。 講師によって違うようだけど、絵本の読み聞かせの場合は、台詞部分はあまり声色を使ってはいけないようだけど、朗読講習会では、劇のように役に成り切って出来るところが面白い。 朗読は楽しいし、活舌も良くなりそうなので、これからも参加出来る時はなるべく参加したいと思った。 今月の会は、開催出来るのかは分からないけれど。 今回この『桃太郎』を読んで、撮っておいたこの写真を思い出した。 『』もその名のイメージとは違い、世界平和を目指して戦う話だった。 tsuruhime-beat.

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芥川龍之介のパロディ風『桃太郎』が面白い!

芥川 龍之介 桃太郎

登場人物 桃太郎 国生みの神話由来の桃の木から産まれた、腕白な日本一の男の子。 犬 野良犬で、ひもじいため黍団子半分で桃太郎の家来になる。 猿 鬼ヶ島の打ち手の小槌づちに欲がくらんで、家来になる。 雉 皆と同じ黍団子半分で家来になる、地震予知の能力がある。 鬼の酋長 鬼ヶ島をなぜ侵略するのか、桃太郎にその理由を質問する。 あらすじ ネタバレあり 話し伝えられる昔話には、いろいろなストーリーや類型があり、同じような話が日本だけでなく世界にあります。 まず、標準を確認して芥川の『桃太郎』を味わっていきます。 標準的な「桃太郎」のお話。 一般的に普及している物語は、お婆さんが、川で洗濯をしていると川上から大きな桃が流れてきて、家で食べようとすると桃が割れて中から男の子が出てきます。 若者になって、力持ちの桃太郎は、鬼退治に行くことになります。 黍団子 きびだんごを腰に鬼を探し歩いていると、犬がやってきて、黍団子をもらって加わります、同じように、猿も雉も加わり一行は鬼の棲家に辿り着き奮戦します。 犬は足にかみつき、キジは目をつつき、猿はひっかきます、そして桃太郎は投げ飛ばします。 鬼たちは降参して、盗んだ財宝を返します。 村に帰りお爺さんもお婆さんも村人も喜び、それから平和に暮らしました。 という話で、皆で力を合わせての勧善懲悪となっています。 桃太郎は一万年に一度の運命で、お婆さんの前に現れた赤子だった。 むかしむかしの大むかし、人間の知らないある深い山に大きい桃の木がありました。 枝は雲の上に広がり、根は 黄泉 よみの国まで及ぶほどの、それはとんでもない大きさでした。 何でもこの桃の木は日本神話の国産みの 伊弉諾 いざなぎの 尊 みことが投げた桃の実が大きくなり枝になったというもので、一万年に一度、花を咲かせ実をつけます。 そして不思議な事に、その実の中に赤子を一人づつ孕んでいます。 ある朝、運命は一羽の 八咫烏 やたがらすとなり、そのひとつを 啄 ついばみ落としました。 それは遥か下の谷川へ落ちます。 そしてこの赤子を孕んだ桃の実は、深い山の奥から谷川を流れていき、下流で一人、洗濯をしていたお婆さんのところへ流れつきました。 桃太郎は鬼ヶ島征伐を思い立ち、お爺さんもお婆さんも喜び送り出す。 桃太郎は、お爺さんやお婆さんのように、山や川で仕事をするのがいやで、鬼ヶ島征伐を思い立ちます。 老人夫婦も腕白な桃太郎に愛想をつかしていたので、旗や太刀や陣羽織と出陣の支度をして、食糧に注文通り黍団子をこさえます。 桃太郎が意気揚々と黍団子を腰に結わえ鬼退治の途に就くと、野良犬がやってきて「お腰につけたものは何ですか?」と訊ねるので、桃太郎は「日本一の黍団子だ」と答えます。 犬は黍団子欲しさに家来になると言います。 「一つください」「半分ならやろうと」と繰り返し問答になるが、持たぬものは持つものの意志に服従するしかなく、半分貰う代わりに伴をする事になります。 桃太郎が、半分を餌食に、猿や雉も家来にします。 しかし三匹は仲が悪く、また欲張りで桃太郎はこれをまとめていきます。 鬼ヶ島は美しい天然の楽土で、鬼たちは平和で安穏に暮らしていた。 鬼ヶ島は絶海の孤島ですが、 椰子 やしがそびえたり、極楽鳥が 囀 さえずったりする天然の楽土でした。 鬼も琴を弾いたり踊りを踊ったり、詩を歌ったり安穏に暮らしています。 鬼の妻や娘も 機 はたをおったり、酒を 醸 かもしたり蘭の花束を 拵 こしらえたり人間と変わらず暮らしていました。 そして「悪戯をすると人間の島にやってしまうよ。 そこでは、嘘は言うし、欲は深いし、焼餅は焼くし、自惚れは強いし、仲間同士殺しあうし、火はつけるし、泥棒はするし、手のつけようのない毛だものなのだよ・・・」と鬼の母は孫を守りしながら話します。 桃太郎は、こういう罪のない鬼に建国以来の恐ろしさを与えたのです。 桃太郎と犬猿雉はあらゆる罪悪を行い、鬼の酋長は降参しました。 桃太郎は桃の旗を片手に、日の丸の扇を打ち振り「進め!進め!鬼という鬼は見つけ次第、一匹残らず殺してしまえ!」と犬猿雉の三匹に号令します。 犬猿雉は、仲の良い家来ではないのですが、飢えた動物ほど忠勇無双の兵卒の資格をそなえており、犬は鬼の若者を噛み殺し、雉は嘴で鬼の子どもを突き殺し、猿は鬼の娘を殺す前に凌辱をします。 そして、桃太郎は力に任せて片っ端から鬼を投げ飛ばします。 とうとう酋長の鬼は、命をとりとめた数人の鬼と、桃太郎の前に降参します。 鬼ヶ島は、楽土から変わり果て、椰子の林は鬼の死骸を撒き散らしました。 鬼ヶ島が何故、征伐されたかが、鬼の酋長は分からず質問します。 そして「格別の憐憫により命は許してやるので、鬼ヶ島の宝物はひとつ残らず献上せよ、さらに子供を人質に差し出せ」と桃太郎は厳かに言います。 鬼はそれに従い平伏しながら質問をします。 「わたくしどもはあなた様に何か無礼でもしたため、ご征伐を受けたことと思っていますが、思い当たる節が無く、教えてくれませんか」と。 すると桃太郎は「日本一の桃太郎は犬猿雉の三匹の忠義者を召し抱えたゆえ、鬼ヶ島へ征伐に来たのだ」と答えます。 鬼の酋長は「ではお三方をお召し抱えなさったのは、どういう訳でしょうか」と訊ねると、 桃太郎は「鬼ヶ島を征伐したいと志したゆえ、黍団子をやっても召し抱えたのだ、どうだ、これでも分からなければ貴様たちも皆殺しだ」と言います。 鬼の酋長は驚いたように三尺ほど後ろへ飛び下がり丁寧にお辞儀をしました。 宝物を持って凱旋した桃太郎だが、鬼の反逆に不安のなか嘆息する。 日本一の桃太郎は、犬猿雉の三匹と人質の鬼の子どもに宝物の車を引かせて故郷へ凱旋します。 しかし、必ずしもそれ以降、幸せに一生を送った訳ではありません。 鬼の子どもは一人前になると番人の雉を噛み殺し鬼ヶ島へ逃げ帰り、時々、海を渡ってきては、桃太郎の屋形へ火をつけたり、寝首をかこうとします。 猿が殺されたのは人違いという噂でした。 桃太郎は、嘆息を漏らし「鬼は執念深くて困ったものだ」と言い、「命を助けていただいたのに、ご恩を忘れるとはけしからぬ」と犬も悔しそうに唸ります。 鬼ヶ島の磯には、鬼の若者が五六人、鬼ヶ島の独立を計画するため、椰子の実に爆弾を仕込んでいます。 優しい鬼の娘たちに恋をすることも忘れ、黙々と、しかし嬉しそうに目を輝かせながら。 あの人間の知らない深い山の桃の木は、累々と無数の実をつけています。 あの八咫烏は、今度はまたいつ姿をあらわすのでしょうか。 未来の天才はまだ何人とも知らず眠っています。 何故、攻めたかの理由がない。 そこに、桃太郎一行が傍若無人にやってきて、犬は噛み殺し、雉は突き殺し、猿は凌辱する。 あらゆる罪悪が行われた後、鬼たちはついに降参します。 酋長が、攻められる理由を聞くと「犬猿雉の三匹の忠義者を召し抱えたから」と答え、さらに「お三方を召し抱えなさったのはなぜですか」と聞くと、「鬼ヶ島を征伐したいから、黍団子をやって召し抱えた」と答え、「まだわからなければ貴様たちも皆殺しだ」と言います。 つまり問答無用なわけです。 そして人質ならぬ、鬼質で子どもの鬼を人間の島に奪ってきます。 ところが、大人になった鬼たちは、逃げだし鬼ヶ島に帰り復讐心を燃やします。 そして屋形に火をつけたり、寝首をかこうとします。 桃太郎は「鬼たちの執念深いのは困ったものだ」と嘆息をもらします。 鬼の側に立てば、なんという不条理、さらに理由なく侵略されたのですから鬼の復讐は当然ですが、そのような展開ではなく、桃太郎の武勇伝になっています。 当時の世界通念として、 戦争を始める理由は嘘やいいがかり、弱肉強食がまかり通る、時代的に、そのようなことが前提となっています。 芥川の桃太郎の物語は、強欲でお互いに仲の悪い犬猿雉をうまくまとめながら、平和な鬼ヶ島を、桃太郎一行が傍若無人に滅ぼし、平伏させて財宝を持ち帰り凱旋し自分たちは幸せになると言うお話です。 これは、どう考えても侵略です。 まず、冒頭には、桃あるいは桃の木について、以下のように記されています。 何でも 天地開闢 てんちかいびゃくの頃おい、 伊弉諾 いざなぎ の 尊 みこと は 黄最津平坂 よもつひらさか に八つの 雷 いかずち を 却 しりぞ けるため、桃の実を 礫 つぶて に打ったという この神話の 伊弉諾 いざなぎの国産みの神代の桃の実から、枝がなり、一万年に一度、花を開き、実をつける。 その実の中に美しい赤児を孕んでいた。 そしてこの実は、一千年の間は地に落ちないのだが、運命が、一羽の 八咫烏 やたがらすとなって、ひとつ 啄 ついばみ、それが人間のいる国へ流れたと、由来を前置きしています。 そして、物語の最期には、 しかし未来の天才はまだそれらの実の中に何人とも知らずに眠っている。 あの大きい 八咫烏 やたがらす は、今度はいつこの木の梢へもう一度姿をあらわすであろう?ああ未来の天才はまだそれらの実の中に何人とも知らずに眠っている。 芥川がこう書いている以上、そうそう単純な話では片付かないはずです。 時代の背景では、明治からの近代日本の構築、富国強兵と殖産興業、そして膨張する世界の中で日清・日露の両戦争を経て、日本は、列強に侵略されたアジアの諸国に比べて有色人種ながら一等国になります。 そして、執筆の前年1923年には、関東大震災が起こっています。 是非はともかく、時代背景としては覇権主義、帝国主義の西欧列強に対して、日本も強いリーダーシップが求められる。 国を守り国を繁栄させるためにはやはり天才の為政者が待望される、この時代背景の中に、桃太郎の物語があります。 それは、皇国史観とともに民意の尊重が大正デモクラシー運動の中で芽生えます。 この統治者と一般の人々との、あるいは統治者と文豪との複数形の価値の中にあると捉えることで、当時の時代感覚の中での運命の翻弄とぎりぎりの人間性への問いかけと考えられます。 生き残った鬼たちが、復讐や反撃を誓い、試みるのもまた、時代の連続性であり、運命であり、無常観でもあります。 大きな世界史的な時代の運命に日本も巻き込まれ、日清・日露の自衛の戦いから第一次世界大戦を経て、次第に陸軍の拡張となっていきます。 芥川は当然、侵略を是としているわけではありません。 しかし時代の中で強いリーダーシップが必要な現実もあります。 芥川の桃太郎はパロディですが、当時の世界の弱肉強食の時代にあっての寓話としても楽しめます。 余談ですが、それから24年後、芥川を尊敬する太宰治は、御伽草子として「瘤取り」「浦島さん」「カチカチ山」「舌切り雀」の4編を書きますが、「桃太郎」は書きませんでした。 日本一の桃太郎は、完璧な話なのでとの理由で書かないことを、「舌切り雀」の篇の冒頭で語っています。 太宰が師と仰ぐ芥川への敬意であり、芥川と太宰のお伽噺の現代風解釈の違いを楽しめます。 発表時期 1924 大正13 年7月、サンデー毎日 夏季特別号「創作」欄に掲載。 芥川龍之介は32歳。 芥川は24歳で「鼻」を発表し、尊敬する漱石より大絶賛され、その後、人気作家としての道を歩みます。 この「桃太郎」は、冒頭の神話からはじまり、最後に冒頭の神話を受けて終わるところが意義深い。

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