三国志映画。 映画「キングダム」公式サイト

映画『新解釈・三國志』大泉洋×福田雄一がこれまでに無い視点で三國志を描く

三国志映画

『次郎長三国志』が『オール讀物』に連載されていた当時、が桶屋の鬼吉を演じるために自らに企画を売り込んだのが映画化の契機である。 この企画はプロデューサーによって正式に採用され、既に「 次郎長もの」の映画を手掛けた経験のあったが監督となった。 主演の次郎長には東宝社長のからの指名でが選ばれ、法印大五郎役の、そして石松役のは田崎と同じく自ら志願しての出演となった。 東宝版の第一部を撮影中、マキノは別の映画の応援と共同監督を行った。 その映画とはの『ハワイの夜』で、本作の主役はのちに東映版の次郎長を演じることになるであった。 『ハワイの夜』は『第二部』と同じ日に公開された。 こうして二作あわせて製作された、シリーズ第一作『 次郎長三國志 次郎長賣出す』、ならびに第二作『 次郎長三国志 次郎長初旅』は12月から1953年1月にかけて、年末・正月映画として封切られた。 原作者の村上自身が脚色を務めた(との合筆)他、も出演を果たしている。 チーフ助監督には岡本喜八郎(のちの)が付いた。 この作品は小堀の初主演作であり低予算の作品であったが、興行的な成功を収めシリーズ化が決定する。 矢継ぎ早に続編が製作され、キャストにも三保の豚松役に、投げ節お仲役に、お園役のなど豪華な顔触が並ぶようになった。 豚松役のは監督の『』に出演するよう東宝側から強制され、第五部で途中降板した。 加東降板に際して、東宝はマキノに「 ブタマツコロセ」という電報を送った。 マキノはこれに対し「 コロシヤマキノ」と名乗って返電したが、実際に送った文面はが書き改めたという。 しかし余りにも短期間に製作が行われたことにより、映画のストーリーが当時まだ連載中だった原作を追い越し、映画はオリジナルの作品となっていく。 また加東大介の途中降板(前述)や第八部の改題(マキノは石松を主役に据えるため「 石松開眼」の題を提案したが、東宝サイドから『 海道一の暴れん坊』という題を強制された)、さらに村上への原作料の滞納など、東宝サイドの意向と現場サイドの意向に齟齬を来たすようになり、マキノの製作意欲も低下していく。 『』(1939年)などで「 早撮りの名人」と謳われたマキノであるが、殺人的なスケジュールを強制する上に何かと注文の多い東宝サイドに嫌気がさしたと言われている。 マキノは第八部を最終回のつもりで作り完成直後に解散式まで行われたが、東宝が次回作の公開日を決めポスターも作ってしまったため、一週間ほどで第九部を作ったという。 結局、次郎長最大の見せ場である『 荒神山』を前後篇に分けて完結篇として製作される予定であったが、前半の『 第九部 荒神山』を最後に『 第十部 荒神山後篇』が製作されないまま、シリーズは 未完となった。 『 第十部 荒神山後篇』は予告編が撮影されており、本編も多少なりとも撮影されたのでは、とも言われている。 マキノは「撮影だけはした」とインタビューで述べている。 『第十部』に出演したは、自身の出番は全て撮り終えており映画は完成されたものだと思っていたという。 『第九部』の最後に『第十部』の特報があり、封切り当時にこれを観たと山田宏一は、「第十部を観た記憶がある」と、しばらく後まで思い込んでいた。 未完に終わった『第十部』のシナリオは既に完成しており、脚本家は『七人の侍』などのであった。 『第九部』公開当時の『キネマ旬報』記事では、『第九部』の脚本も橋本忍と記載されており、の『第九部』における記述も同様である。 ただし『第九部』の脚本についての本篇クレジットは、橋本の名はなく、マキノ雅弘とある。 評価・再評価 シリーズ全作がこれまで一般に市販されるソフト化は行われたことがなく、僅かに会員制ので発売されたのみである。 しかし濫造気味ながら完成度の高い内容への評価は高く、また同時期()の『』と合わせて森繁の出世作となった。 2011年、スタジオジブリのが、あるコンサート会場で偶然居合わせた漫画家のと次郎長の話になる。 「ジブリ汗まみれ」で鈴木は東宝の高井社長(当時)にDVD化を直訴し、尾田もそれに便乗した。 DVD化の条件として「DVDのジャケットイラストは尾田栄一郎が手掛けること」が挙げられ、尾田は恐縮しながらもそれを承諾。 箱の題字は鈴木が担当した。 結果、DVD-BOX発売が決定、全三集のDVD-BOXが同年10月から順次発売された。 このDVD-BOXは、尾田栄一郎描き下ろしイラストと劇場公開時ポスターとのリバーシブルジャケットとなっている。 公開当時は批評界から評価されなかったが、映画批評家であり『』編集長であったは、この東宝版を、日本映画の最高峰に位置すると評した [ ]。 『』()には、同作の項目があり、同作を「マキノの最高傑作である」と位置づける。 シリーズ• 『 次郎長三國志 次郎長賣出す』 (公開)• 『 次郎長三国志 次郎長初旅』 (公開)• 『 次郎長三国志 第三部 次郎長と石松』 (1953年公開)• 『 次郎長三国志 第四部 勢揃い清水港』 (1953年公開)• 『 次郎長三国志 第五部 殴込み甲州路』 (1953年公開)• 『 次郎長三国志 第六部 旅がらす次郎長一家』 (1953年公開)• 『 次郎長三国志 第七部 初祝い清水港』 (公開)• 『 次郎長三国志 第八部 海道一の暴れん坊』 (1954年公開)• 『 次郎長三国志 第九部 荒神山』 (1954年公開)• 『 次郎長三国志 第十部 荒神山後篇』 (未公開) 主なキャスト• お蝶 - (1-6)• 張子の虎三 -• - 森健二• 桶屋の鬼吉 -• 江尻の大熊 - (1-5,7-8)• 増川仙右衛門 - 石井一雄(2-8)• - (2-8)• 投げ節お仲 - (3-7)• 追分三五郎 - (3-9)• - (4-5)• 小川武一 - (3-4)• 保下田の久六 - 千葉信男(4,6-7)• - (4,9)• お千 - 豊島美智子(1-2,4-5,8)• 沼津の佐太郎 - (2,7-8)• 大野の鶴吉 - (5-9)• 島の喜代蔵 - (6-9)• お園 - (6,8)• 七五郎 - (2,6-9)• 浜松の政五郎 - (8-9)• 身受山鎌太郎 - (8)• 夕顔 - (8)• - 若原雅夫(9)• お米 - (9)• - (9) 主なスタッフ• 製作 :• 監督 :• 原作 :• 脚本 : 村上元三(1-2)、(1-7)、小川信昭(8)、沖原俊哉(8)、 (9)• 構成 : (3-7)• 撮影 : (1-4・9)、飯村正(5-8)• 照明 : (1-9)• 美術 : (1-2)、北健夫(3-7)、阿久根巌(3-4)、浜上兵衛(5-7)、北辰雄(8-9)• 録音 : 西川善男(1-4・6-9)、小沼渡(5)• 編集 : 長田信(1-7)、庵原周一(8-9)• 音楽 : (1-9)• 特殊技術 : 東宝技術部(1-5)• 浪曲構成 : 中川明徳(2-9)• 監督助手 : (1-7)、岡本喜八(8)、小松幹雄(9)• 製作担当者 : 根津博(1-2)、森本朴(3-9)• 現像 : (1-9) 東映版 概要 1960年代の作品である。 マキノは自身も語っている通り、自作のリメイク作品が顕著に多い監督であるが、この「次郎長三国志」も映画会社を変えてリメイクが行われた。 から今度はで製作されることになった。 1963年という年は、時代劇中心だった東映がを中心とする会社への移行を本格化させた年である。 1960年に鶴田と共に東映入りしていたはプロデューサー見習いをしていたが、1964年の「次郎長三国志 第三部」、「大笑い殿さま道中」より名前がクレジットされるようになる。 こちらも第一部から第三部までは短期間に製作され、全四作で 完結している。 しかし最終作の終わり方はストーリーに改変が加えられており、続編を作ろうと思えば作れるような結末となっている。 続編が作られなかった理由は、東映が時代劇映画からの撤退が規定路線だったことが理由か、マキノのモチベーションによるものかは不明である。 撮影中、マキノは同時に仁侠映画の代表シリーズ「 日本侠客伝」シリーズも撮影していた。 がマキノ作品に初出演を果たし、その演技力がマキノに高く評価された。 しかし藤山は逆に「マキノ監督は自分に何も教えてくれない」と僻んだという。 東宝版で初めて「法印大五郎」役を演じたは、東宝専属俳優であったが、日活での『次郎長遊侠伝 秋葉の火祭り』(監督マキノ雅弘、1955年2月18日公開)でも「法印大五郎」役で出演している。 「大五郎役は自分しか出来ない」と自認しており、その意気込みと実際の演技力を買われてほぼ全ての次郎長映画で同じ役を演じている。 1912年(明治45年)3月25日生まれの田中は、東映版第1作公開時すでに満51歳であり 、次郎長役の鶴田が満38歳 、大政役のが満39歳 、綱五郎役のが満21歳 、鬼吉役のが満24歳 、石松役のが満29歳 といった清水一家の中で、突出した実年齢であった。 重鎮・小川の武一を演じた(公開時満47歳)よりも実年齢が上であった。 「『法印はわしがやる』と言ってきかないんですよね」とマキノはのちに述懐している。 この東映版は全作 カラー作品である。 を含めて一度もVHSソフト化されたことがなかったが、にで全作品がリリースされた。 と共にデビュー間もない藤純子()や、ら後年のヤクザ映画や時代劇に欠かせないスターとなる若手が出演していることなど、やはり日本映画史上において重要な作品群である。 シリーズ• 『 次郎長三国志』 (10月20日公開)• 『 続・次郎長三国志』 (1963年公開)• 『 次郎長三国志 第三部』 (公開)• 『 次郎長三国志 甲州路殴り込み』 (公開) 主なキャスト• 清水次郎長 -• お蝶 -• お千 -• 新吉 -• 関東綱五郎 - (1-3)、(4)• 桶屋の鬼吉 -• 大政 - (1 - 2・4)、(3)• 江尻の大熊 - (1 - 3)、(4)• 法印大五郎 -• 森の石松 -• 増川仙右衛門 - (1 - 3)、矢野圭二(4)• 佐太郎 - (1)• 投げ節お仲 - (2 - 3)、安城百合子(4)• 追分三五郎 - (2)、(3 - 4)• 小川武一 - (2)• 小政 - (3 - 4)• 三保の豚松 - (3 - 4)• 保下田の久六 - (3 - 4)• 黒駒勝蔵 - (3)• 小松村の七五郎 - (4)• お園 - (4) キャストの一部に変更があるのは、本シリーズがあまりにもタイトなスケジュールで撮影されたため、他作品とバッティングした俳優が止む無く交代したことによる。 こうした傾向は当時の東映のシリーズ作品にはしばしば見られ、例えば『』シリーズではさらに顕著な交代劇が見られる。 主なスタッフ• 企画 : 小倉浩一郎(1-3)、(1-4)、橋本慶一(4)• 監督 :• 原作 :• 脚本 : マキノ雅弘(1-4)、(1-4)• 撮影 : (1-3)、山岸長樹(4)• 照明 : 中山治雄(1-3)、増田悦章(4)• 美術 : (1-4)• 録音 : 東城絹児郎(1-3)、渡部芳丈(4)• 編集 : 宮本信太郎(1-4)• 擬斗 : 谷俊夫(1-3)、足立伶二郎(4)• 記録 : 梅津泰子(1-4)• 音楽 : (1-2)、(3)、(4)• 助監督 : 山内鉄也(1-3)、(4)• 進行主任 : 並河正夫(1-2)、藤井又衛(3)、福井良春(4) 角川版 2008年の作品である。 の甥で東映版にも出演したが、「 マキノ雅彦」名義で監督した。 2007年10月より撮影開始、2008年9月20日にの配給で公開された。 「大政」を演じたの父・岸部徳之助は、マキノ雅弘の旧制中学時代の親友である。 一徳の弟・は1975年の『』で「法印大五郎」を演じている。 「追分政五郎」こと「小政」は、従来の「追分三五郎」と「小政」とを合体させたキャラクターであり、1本に映画の時間内に両者を登場させたかったために苦肉の策の設定変更であった。 主なキャスト• 清水次郎長 -• お蝶 -• 大政 -• 法印大五郎 -• 森の石松 -• 小政(追分政五郎) -• 桶屋の鬼吉 -• 大野の鶴吉 -• 関東綱五郎 -• 沼津の佐太郎 -• 黒駒の勝蔵 -• 保下田の久六 -• 三馬政 -• 小松村お園 -• 投節お仲 -• おきん -• お千 -• お駒 -• 大熊 -• 玉屋の佐十郎 - 玄海竜二• 鬼吉の父 -• おしま -• おきつ -• おぬい -• 和田島の太左衛門 -• 小川の武一 -• 赤鬼の金平 -• 猿屋の勘助 -• 平太郎 -• お夏 -• お朝 -• 和田島の女房 -• 大岩 -• 小岩 -• 駿府の役人 -• 鬼吉の母 -• 親分衆 - 、、• 久六の子分 - 川井つと、、、西村覚、• 祐典仙之助の子分 - 、七海智哉、河口博昭、田中あきはる• 左十郎の子分 - 、福田高士、磯部真也、渡邊寛九郎、• 大熊の子分 - 澤克巳、松井正樹 スタッフ• 企画・製作 :• 製作 : 、、• プロデュース :• 監督 :• 脚本 :• 音楽 :• オーケストレーション :• 撮影 :• 照明 : 西表燈光• 編集 :• 美術 : 小澤秀高• 録音 :• 監督補 : 中西健二• 音響効果 : 伊藤進一()• 音楽編集 :• 殺陣指導 :• 殺陣 : 玄海竜二• 操演 : 村石義徳(亀甲船)• VFX : パイプライン、• 現像 :• スタジオ :• 製作プロダクション :• 製作委員会 : 光和インターナショナル、、、• 上映時間 : 126分• 、、国立国会図書館、2015年7月15日閲覧。 、国立国会図書館、2015年7月15日閲覧。 [2002], p. [ 要ページ番号]. トークショーでの発言、シネマヴェーラ、2007年1月29日。 ・[1994], p. [ 要ページ番号]. - 、2015年7月15日閲覧。 、、2015年7月14日閲覧。 『』巻六十四 内「次郎長三国志のコーナー」にて尾田が発言。 2011年9月19日. 2011年11月4日閲覧。 - 、2015年7月15日閲覧。 - 、2015年7月15日閲覧。 - 、2015年7月15日閲覧。 - 、2015年7月15日閲覧。 - 、2015年7月15日閲覧。 - 、2015年7月15日閲覧。 - 、2015年7月15日閲覧。 - 、2015年7月15日閲覧。 山田[2002], p. 実際には黒駒勝蔵の出身地は甲府ではなく上黒駒村(笛吹市)である。

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新解釈三国志のあらすじ!福田組キャストでキングダムのパロディ

三国志映画

「日本で撮影中の三国志の映画の諸葛亮孔明と黄夫人」という写真が中国版ツイッターのWeiboに掲載され、中国人のコメントがたくさん投稿されています。 ご紹介します。 weibo. この映画の監督は福田雄一。 脳ミソだけでなく外見も完ぺきな男だった [28 Good] 訳者注:中国の尺の長さは時代によって変わります。 これは三国志をネタにしたアニメのようなものだ。 日本の皆さん、三国志を好きでいてくれてありがとう。 これからもよろしくね (訳者注:タイトル及び記事中で、いくつかの「孔明」が「公明」となっていたので修正しました。 ご指摘ありがとうございました。 2020-07-08 22:12) 元々は日本でも曹操は悪玉の立ち位置だった 歴史書はいわゆる曹魏正統論で書かれているから、わざわざ曹操を貶したりしてない 一方、三国志演義はフィクションとして面白くするためか、 ハッキリ蜀漢正統論で書かれているため、それに対する曹操は悪役として描写される 戦前日本には三国志演義の訳本が広まったので、曹操のイメージも当然、演義準拠で悪役だった 吉川英治の魔改造小説『三国志』でもそう その後、横山光輝が吉川英治の三国志をネタに漫画化したけど さらに魔改造を加えて「言うても曹操かて大したもんや」みたいな描き方したので 日本ではイメージが覆った 日本ではそうやって人物像が変わることがよくある 中国では一旦評価が根付くと、わりとそのまま変わらない そういう意味では感覚が違う ただ、日本人の曹操イメージは魔改造小説をさらに魔改造したマンガが元になっているという事情がある•

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三国志 (アニメ映画)

三国志映画

アンディー・ラウ主演のこの映画、運が悪いのかワザとなのかは不明だけど、レッド・クリフPart2の大宣伝の影に隠れ、ほとんどメディアでも取り上げられなかったという、可哀想な扱いを受けた作品です。 でも、見た人はジョン・ウーよりこっちに軍配をあげているという、実は隠れた名作だったりします。 最初に言っておくと邦題に迷わされ、悪い印象を持った人が多くいたのでは、と少々懸念しているこの映画「三国志」。 ここでこの映画の悪い印象を少しでも拭えると良いなと思ってます。 主人公趙雲はアンディー・ラウ、その義兄平安をサモ・ハン・キンポー、敵役曹操の孫娘という役どころ曹嬰をマギー・Qという配役で、原題通り趙雲の外伝的話になってます。 サモ・ハンとマギーのキャラですが、こんな人物いたっけと思ったあなた、その通り。 この二人、実はこの映画のためのオリジナルキャラでした。 個人的にマギー演じる曹嬰の執拗で冷徹な悪役ぶりが徹底していて、わざわざ趙雲の為に作ったキャラだけに暴れてくれるわぁと気に入ってます。 原題にThree Kingdomsの後、Resurrection of Dragonとあるように、これは三国志の世界観から派生した趙雲が主人公の外伝なの。 基本のストーリーや史実があって前提として「三国志演義」という世界観がすでにあり、その中で展開される二次創作に近いもの。 見てみたいと思った人、邦題に囚われず、先入観無しで単純に楽しんでください。 アンディーのアクションが、めちゃくちゃカッコイイから。 デブなのにキレのいい動きのサモ・ハンも見応えあって、往年の香港映画を彷彿させます。 趙雲が主人公だけど、蜀中心の映画じゃないです。 趙雲のための趙雲の半生を描いた映画ですから、「三顧の礼」も「赤壁の戦い」も出てきません。 というか、劉備(玄徳)も関羽も張飛も脇役で呉に至っては誰も出て来ない。 ある意味、シンプルでかのレッド・クリフより話が分かりやすいかもしれません。 ダニエル・リー監督が大胆に「三国志」を改変し映画化、趙雲の20代から70代までの人生を描いています。 飽くまで趙雲が主人公で彼のみに特化した話といっても良いくらい、他の英雄の影が薄いですよ~。 映画始まって直ぐくらいで死んじゃう感じ。 邦題「三国志」に踊らされ見た人は、こんなん三国志じゃねぇって文句言いた気持ちは良くわかります。 確かに長い歴史書の「三国志」、2時間やそこらじゃ語れません。 だからってわけじゃないですが、ナレーションで有名な戦いとか、誰それが死んだとか語るから歴史的事柄が抜けてます。 ついでに史実も脚色され、張飛は討ち死にしてるし、主要人物の内2人は架空の人物ですからね、あまり気にずその辺はさらっと流してください。 さてこの映画、若き趙雲が聖君劉備の軍へ入隊希望で面接するところから始まります。 その時面接した同郷の平安を兄と慕い中華統一を狙う野心家曹操軍と戦う、というのが話の筋ですね。 呉軍は出てきません。 敵国は魏軍のみ。 数々の戦の中で平安手柄を立て、劉備の妻子の護衛役を仰せつかるのですが、曹操軍に責められ鳳鳴山へ逃走した際、預かっていた妻子を見失い生け捕りにされるという失態を犯すんです。 で、当然罪を問われた平安は粛正されそうになるんですが、そこは義兄を立てる趙雲、身を挺して義兄を守り、何するか! と襲ってきた関羽、張飛二人を相手に互角に立ち回るという暴れようで、平安の助命を取り付けちゃうんです。 妻子救出が条件だけどね、まるでメロス。 走れ趙雲、じゃないが単騎魏軍へ突っ込み趙雲は見事に阿斗を救出。 この救出劇が前半の見せ場です。 見事、任務完了で趙雲は五虎大将軍へ出世するも、義兄はそのまま。 このあたりで二人の関係が微妙になるんだけど、趙雲は最後まで義兄を見捨てず、立ててます。 その後一気に時代が進み、趙雲が助けた阿斗が帝位に就く頃には蜀は弱小国へ成り下がり、五虎将軍の内残された将軍は趙雲のみ。 最後の北伐への作戦では、関羽の息子関興と張飛の息子張苞を将軍に立てられる始末で、亡き劉備への忠義を果たすというより死に場所を探していた趙雲としては納得がいかず、孔明に願い出るんですが。 孔明がねぇ、冷酷な策を練るんですよ。 そう、この趙雲の最後の戦いが後半、いえこの映画のクライマックスになります。 思い出の地、「鳳鳴山」での魏軍との戦いです。 この映画のクライマックスは鳳鳴山での曹嬰との戦い。 実はこの戦い、三度目の北伐を計画した孔明の冷徹な作戦として描かれてます。 北伐に関興と張苞が全勢力で向かっているわけで、趙雲のもとには副将の鄧芝以下の部隊のみで、10万の大都督曹嬰軍と戦います。 死ぬのが分かっている戦いって、見ている方は胸が潰れそうですよ。 趙雲の相手は大将騎馬、大都督軍なんだから。 趙雲もここが死に場所と老体に鞭打って踏ん張るんだけど、待てど暮らせど援軍は来ない。 来るわけないんですよ。 だって、趙雲の軍は北伐の囮、本陣の奇襲作戦を成功させるために死ね、と言われているも当然なんだから。 しかも身内に裏切り者が。 迫ってくる魏軍大将曹嬰はその囮作戦を見抜いているという、徹底ぶり。 彼女は幼い日、尊敬する祖父曹操に抜刀し、圧倒的強さを見せつけたた趙雲が許せないわけで、それ以来ずっと趙雲のことを考えて生きてきた。 だから見ている内、ずっと趙雲を倒し捕縛することだけを考え生きてきたので、実は趙雲に惚れているのではと伺わせる演出もあったりして、個人的に曹嬰から目が離せませんでしたね。 だから、わざわざ女性キャラにしたのかなと勘ぐってます。 この辺りの複雑な女性心、分かりにくかなぁ。 女性って、敵と思ってもずっとその人のことを考えていたら常に心に相手がいることになって、気づかないうちに惹かれてしまうというのはあり得るのですよ。 嫌い嫌いも好きの内ってことで。 そこまで考えて女性キャラを敵役にしたとしたら、ダニエル・リー、なかなかやるじゃんね。 曹嬰軍10万と対峙した趙雲軍。 身内の裏切りに会い、味方がどんどん殺されていきます。 クライマックス、終劇に向けて一気に加速ですよ。 一太刀で切られる兵士から鮮血が飛び散ります。 一瞬を切り取ったシーンが、キレイなんですね。 スロー再生演出といい、香港映画ならではの美学が冴え渡ります。 曹嬰の冷淡ぶりが発揮されるのもココ。 忠義を利用し忠臣に死ねと言わんばかりの命令を下したり。 曹嬰が趙雲を捉えようとさも嬉しそうに指揮を執る姿が妖艶ですよ。 いたぶって遊んでいるようにも見れますから。 最後に残った趙雲が陣太鼓を背に単騎で突っ込むシーンは涙なしには見れないです。 前半は長坂の戦いと若き趙雲の青春を、後半はこの曹嬰の動向に注目してみるとダニエル・リー版三国志を十分堪能できるはず。 先入観は排除して、下手な史実も忘れてダニエル・リー版「三国志」お楽しみいただけると嬉しいです。

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