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ティーネージャーフォーエバー 歌詞

I climbed your arms then you pulled away a new cavity moved into my heart today the more I scream the more it seems that now I'm through now I'm through with the new you I drove you home then you moved away new cavity moved into my heart today the more she sings the more it seems that now I'm through now I'm through with the new you new you 注:日本のコピーは参照のために公正である• ダンス - 芸術家 アーティスト• 20 年間の雪 - 芸術家 アーティスト• 行き列車 - 芸術家 アーティスト• 夜明けには、睡眠します。 - 芸術家 アーティスト• ただの夢 - 芸術家 アーティスト• 誰かが死ぬことを得た - 芸術家 アーティスト• 女の子を持っています。 - 芸術家 アーティスト• 救急車の青 - 芸術家 アーティスト• 最後の組み立て - 芸術家 アーティスト• 何も True です。 - 芸術家 アーティスト• 多くの点で - 芸術家 アーティスト• 容易な道 - 芸術家 アーティスト• あなたの人生を祝う - 芸術家 アーティスト• 上で帆します。 - 芸術家 アーティスト• 申し訳ありませんがないです。 - 芸術家 アーティスト• ツイスト ・ アンド ・ シャウト - 芸術家 アーティスト• ブギをします。 - 芸術家 アーティスト• 太陽に消えた - 芸術家 アーティスト• アパラチア山脈の悲鳴 - 芸術家 アーティスト• アナーキー 999 - 芸術家 アーティスト.

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Teenager の歌詞 和訳 (ティーネージャー)

ティーネージャーフォーエバー 歌詞

ウィンドウ No. 以前loudwireでは、「CAGE MATCH(ケージ・マッチ)」なるファンバトルが繰り広げられ、X JAPANはインフレームス、ジェーンズ・アディクション、ブッシュ、ザ・ユーズド、ブラック・ヴェール・ブライズらとウェブ上で1対1バトルを繰り広げ、見事5戦連勝を果たし、同サイトの殿堂入りを果たした事がある。 今回もLoudwireでのX JAPAN人気は絶大で、他のアーティスト人気を圧し投票の半分以上がX JAPANという異常事態となっている。 ちなみにノミネートされているアーティストは全10バンド、アヴェンジド・セヴンフォールド、ブラック・ヴェール・ブライズ、ファイヴ・フィンガー・デス・パンチ、ゴッドスマック、ジューダス・プリースト、リンキン・パーク、ニッケルバック、プリティー・レックレス、スリップノットといった面々だ。 ジューダスやリンキン、ニッケルバック、スリップノットまでをも圧している状況だ。 投票は好みのアーティストにチェックを入れ「VOTE」をクリックするだけと簡単なもので、2月3日午前9時(米東部標準時)まで投票が可能となっている。 1時間おきであれば1人何回でも投票ができるシステムとなっている。 Xjapan マディソンスクエアガーデン! 米新聞、コンサートレビュー。 今作の初回限定盤特典ディスクに、X JAPANのToshl(Vo)、俳優の三上博史らが参加していることが判明した。 Toshlとは「雨上がりの優詩」、アーティストとしての顔も持つ三上とは「focus」のコラボバージョンを制作。 2人は今回の共演にコメントを寄せており、Toshlは「世界の舞台で活躍する京さんとコラボさせていただくこと、大変楽しみに致しておりました」、三上はレコーディング中の試行錯誤を明かしつつ「これに懲りずにコラボレーションが出来たら嬉しいですね。 今回、参加させてもらって凄く有意義でした」と述べている。 2曲の音源は京の公式モバイルサイト「京 online」で試聴できるのでぜひチェックしてみよう。 同ディスクにはそのほか、レンホルダーことダニー・ローナーがリミックスを手がけた「elisabeth addict」、Limp Bizkitのウェス・ボーランドによる「latour」のリミックスも収録。 さらに京公式オンラインストアで販売される豪華盤のブックレットには、歌舞伎役者・坂東亀三郎によるライナーノーツが掲載される。 また、収録曲「focus」のビデオクリップが完成しYouTubeにてショートバージョンが公開された。 「focus」は神秘的なサウンドと京の穏やかな歌声が溶け合ったミディアムチューン。 PV全編は、京公式オンラインストア限定の豪華盤および初回限定盤に付属するBlu-rayに収録される。 2015-01-16 ナタリー) sukekiyo 「focus」 short ver. from 1st mini album『VITIUM』 2015. 内容は、同じ会社が発行するメタルの月刊雑誌「メタルハンマー(Metal Humner)」の2月号にも掲載されている。 メタルハンマーは、イギリスだけでなく、ヨーロッパ各国でも発売されている有力メタル情報雑誌の一つだ。 その内容を、2回に分けて紹介する。 「X Japan: 世界をとる準備はできた」との見出しが付けられた記事は、3000万枚のアルバムを販売し、独自のサブカルチャーを生み出し、世界で最も象徴的なアリーナー埋めたバンド。 世界最大のカルトバンド、X Japanとして始まる。 マディソン・スクエア・ガーデンは、世界で最も有名なエンターテイメント施設の一つだ。 ボクシングの競技場として1968年にオープンし、マンハッタンで1万8,000人の収容能力を持つホールは現在、アイスホッケー、バスケットボール、プロレスのステージとして利用され、ライブコンサートやコメディの会場ともなっている。 毎年4月には、ゾウたちが堂々とニューヨークの街を歩くという壮大な見所を持つリングリング・ブラザーズ・アンド・バーナム・アンド・ベイリー・サーカスも開催されいる。 しかし、この最も名高い会場でも、このようなことはかつて見たことが無かったと続く記事。 Yoshikiは、観客に赤いバラを投げながら、ステージを進む。 そして、白いスカーフをつけながら、しっかりとグランドピアノをひき、ドラマチックなクラシック音楽のテーマを演奏し始める。 黙示的な音楽がスペースを包み込む中、メインステージから切り離されドラム・キットの後ろに跳びはね、ゆっくりと観客席に向かって拡張されプラットフォームが降りて行く。 同時に、LEDライトが観客のリストバンド上で輝き、青、赤、緑のライトが点滅しながらアリーナを照らす。 カルテットが一列となってステー上に現れ、音楽が強弱する中、ドラムライザーは上昇する。 そして、この日本のミュージシャンは崩れ落ち、涙しているように見えた。 それは、ディズニーのファンタジアのようであり、ブラックスワンのようであり、X Japanのコンサートを始めて経験したものにとっては、紛れも無く「一体なんだ?」という瞬間 X Japanは、アジアのバンドとしてはこれまでで最大のロックグループだ。 3000万枚のアルバムを販売し、5万5,000人の収容能力をもつ東京ドームを18回満員にすると言う記録を作った。 中国、韓国、台湾、タイを訪問したときには、ヒステリックなファンたちが押し寄せ、マディソンスクエアの公演はこれらの国でもライブTVで同時放送された。 メインソングライターであり、ドラマーでピアニストのYoshikiは、日本の天皇のためのコンサートで作曲・演奏を行い、日本の銀行からは自身のオリジナルVisaとマスターカードを発行され、スタン・リーの新しい漫画シリーズのモチーフとなり(ブラッド・レッド・ドラゴン)、ハローキティでさえ、その名誉を記念してYoshikittyを作ったほどだ。 この5人組は、そのビジュアル系活動のパイオニアだ。 そして、ビートルズのように、アジアでのロックの発展に非常に重要な役割を果たしたとされている。 これが、熱烈なメタル好きから、JPockの信望者、スタイリッシュな日本の10代、ニューヨークコミコンから来たようなコスプレイヤーまで、1万人以上のファンがマディソンスクエアガーデンに集まり、共に日本語で歌い、バンドのシンボルである「X」の形に腕を交差させた理由なのだ。 素晴らしい公演が行われた日の午後、スレンダーでハンサムなYoshikiは、ドキュメンタリー映画のクルーとして上品にドレスアップされ、バンドメンバーの付添い人たちと一緒になり、マンハッタンのホテルのスイートにいた。 48歳という実際の年齢よりも若く見える千葉出身のアーティストは、驚くべき歴史のドラマと騒動を、X Japan形成期の話と関連付けながら、落ち着いた英語で、静かに話したとし、インタビューの紹介が始まる それは悲劇から生まれた話だ。 Yoshikiが10歳の時、父親が自殺した。 自殺する2、3年前の間、父親は並外れたピアノの才能を持っていた息子に毎月一枚ずつクラシック音楽のアルバムを買っていた。 その死後、Yoshikiの母親は、長男にコインを握って渡し、これからは自分でレコードを選ばなければならないと話した。 東京のレコード店の中を歩きながら、少年は、「クレイジー」にメイクアップされた4人の顔が映る7インチシングルに気づき、店員にそのレコードを聞くことが出来るかとたずねた。 キスの「Love Gun」がスピーカーを通して押し寄せ、少年Yoshikiの世界は全く逆転することになった。 「当時私は、悲しみと混乱と怒りで、毎日泣いていました。 」と振り返るYoshiki。 「そしてこの曲は、ちょうどその感情を全て吸収してくれました。 キスの後、レッド・ツェッペリン、デヴィッド・ボウイを発見し、みんな素晴らしいロックミュージシャンでした。 同じ年、母親がドラムセットを買ってくれ、毎日演奏を始めました。 ドラムを叩くことで怒りを発散していました。 父親が亡くなった後、ほとんど自殺しかけましたが、ロックミュージックが渡しを救ったのです。 1977年には、彼らは最初のバンドとなるDynamiteを始動し、後にバンド名はNoise、そしてXと変わっていった。 日本では既に、Loudness、Bow WowやAnthemが先陣を切り、ヘビーメタルの土壌があったが、YoshikiとToshiは彼ら自身の「スーパーヘビー」な世界を造り出したかった。 「すごく楽しかったです」とYoshikiは話す。 「音楽を演奏することしか頭にありませんでした。 日本全国をまわり、演奏して、酔っぱらって…。 そして、家に帰るために必要なガソリン代まで全て使ってしまったことに気づき、車の中で夜を明かしたものです。 一番良かった時期でした。 」 バンドのきらびやかなイメージは、ある意味偶然できたファッションの中ではぐくまれていった。 彼らのメイクが派手になればなるほど、日本社会の保守派からの攻撃が増えていき、それによりこのティーネージャー達は更に奇抜な格好を作り出すことに駆り立てられた。 「ちょっとした反逆児でした」とYoshikiは笑う。 「だから、『嫌いたければ嫌え、気にしないから』みたいな感じでした。 でも批評家が僕らを嫌いになればなるほど、若者達がどんどんショーにやってくるようになったのです。 」 「日本のアニメ、Kiss、Bowie、Queen、the Sex Pistols、それら全てが組み合わされたものなど、様々なものから影響を受けていました。 DischargeとGBHも大好きだったので、髪型をスパイクヘアにもしていました。 でも、ある晩髪型をセットアップし終わる前にステージに立たなくてはいけなくなり、半分スパイクヘアで半分フラットのままステージに上がりました。 すると次のショーのとき、それと同じような髪型にしている人たちが何人かいたのを見つけたのです!僕らがクレイジーなことをやればやるほど、結果として人々をより興奮させたようです。 」 X時代の初シングル「I'LL KILL YOU」は1985年にリリースされ、2枚目のシングル「オルガズム」が1986年にリリースされた。 グループのメンバーはその後すぐ、ギタリストのHIDEとPATA、そしてベーシストのTAIJIが加入したことで強化された。 1989年に2枚目のアルバム「BLUE BLOOD」がリリースされる頃には、彼らは日本で最も人気を誇るロックグループとなっていた。 【こちらでもインタビュー: X JapanのYoshiki、北米最大のアニメ情報媒体がインタビュー】 アトランティック・レコードがバンドにアプローチした時、X JAPANは5万5,000人を収容する東京ドームで3夜連続コンサートのチケットを完売させるだけの人気があった。 1992年、新たな契約をもって世界進出が今にも現実になると考えたアトランティック・レコードは、バンドをニューヨークへと招き、ロックフェラーセンターで記者会見を開いたが、この5人組みのバンドを結成してから18年も経過していた。 ロサンゼルスのパンクグループXとの混同を避け、アメリカでの初公演を実現する為に、当時彼らはバンド名をX Japanと変えた。 「海外で演奏するのは私たちが常に描いていた夢でした。 でも私は心の準備ができていませんでした」とYoshikiは語る。 「日本では私達はロックスターだったし、居心地も良かったから、だれもその居心地の良い場所から飛び出そうという気持ちにはなれなかったのです。 私はロサンゼルスに移住して、他のメンバーは皆日本に残りました。 このあたりから物事が悪い方に動き出しました。 」 90年代はX Japanにとって波乱の時代となった。 各メンバーはソロ活動を始め、ライブ活動もたまにやる程度となってしまった。 音楽や金銭をめぐり争いがあり、そして我慢の限界に達した。 1997年12月31日、彼らは東京ドームで最後のライブの行い、バンドを解散した。 ボーカリストのToshiは宗教団体に約10年入信し、後に、洗脳状態にあったと語っている。 ギタリストのHideは東京の自宅で自殺し、5万人のファンが葬儀に参列した。 翌日、2名のファンによる後追い自殺があった。 【Hideさんの歌声は再現: X JapanのHideさんの歌声再現、ウォールストリートジャーナルも報じる】 「Hideが亡くなった時、私の父親とほぼ同じ年齢でした」とYoshikiは話す。 「とても暗い時期でした。 ものすごく苛立っていました。 『どうして自分は存在してるんだ?』と自分自身に問いかけました。 もう音楽は諦めようとしていました。 でも、唯一自分ができることは音楽しかなかったのです。 それで、もう一度クラシック音楽に焦点を置きました。 その後、日本政府から天皇陛下のために協奏曲を作曲をしてほしいと要請があり、それがターニングポイントでした。 皇居で開催された演奏会ではみんな大きな応援と拍手をくれ、その時、『たぶん、自分がいるべき場所はここだ』と思い、再びバンド活動を始めることを考え始めました。 」 2007年10月、 X JAPANは正式に再結成した。 続く夏の東京ドームでの3夜連続コンサートでは、ウェス・ボーランドのリンプ・ビズキットとガンズ・アンド・ローゼズのリチャード・フォータスが亡きギタリストHideの代わりを果たした。 2010年の夏には、シカゴで開催されたロラパルーザ・フェスティバルで、5人組はついに初のアメリカ公演を行い、そして、初のUSツアーを決めた。 再び一緒になったYoshikiとToshiの長年の夢が実現することになる。 「観客が来てくれるかどうかなんて全くわかりませんでした」とYoshikiは認める。 「でも、ほとんどの場所で完売でした。 非現実的で夢のようでした。 」7月、今海外で旋風を巻き起こしている日本のバンドBabymetalが初めてロンドンで単独公演を行っていたのと同じ夜、Yoshikiはロンドンにいた。 彼はその完売公演に同行し、一風変わった日本人グループに陶酔している西洋の聴衆を見て感嘆し立ちすくんだ。 その世代で最も影響力のある日本人ミュージシャンは、「感激」していた。 【BABYMETALの魅力の魅力は: BABYMETALの魅力をプロデューサーが語る、英ハフィポス記者がインタビュー】 東洋と西洋の音楽との間にある境界線が消えていくのを目撃できたことは素晴らしかったです」と話すYoshiki。 「すごく誇らしい気持ちにしてくれます。 最初に音楽を演奏し始めた時はだれでも、そのように表現は純粋なもので、そして進んでいくうちにどこかで、音楽ビジネスに気持ちを奪われそんな純粋な気持ちをいくらか失ってしまうのです。 今、私達はこうして復活し、売上の事や、他からどう言われるとかは気にしていません。 そんなのクソくらえです。 ただロックをやりたいだけです」とのコメントで、記事は締めくくられた。 兄の四谷のアパートでデモテープを聴いてもらいましたよね」 そう語るのは、隔週連載『中山秀征の語り合いたい人』第31回のゲスト、X JAPAN・ボーカリストのToshI(49)。 ときに激しく、ときに透き通る伸びやかな美声で多くの人々を魅了する。 Xデビュー前からの旧知の仲だという2人のぶっちゃけトーク、スタートです。 中山「YOSHIKIさんとはずっと小さいころからの幼なじみなんですよね?」 ToshI「幼稚園からずっと一緒で、小学生のときに音楽を始めました。 中高時代はコピーバンドをしていましたが、曲のピッチを上げ、速さを倍にして、勝手にアレンジしたり、メドレーを作っていたりしていましたね。 YOSHIKIの才能もあり、普通の中高生がやらないような奇抜なことをすでにやっていたんです」 中山「Xを結成したのはいつ?」 ToshI「高2でオリジナル曲を作り始めて、バンド名をXにしました。 実は高3のとき、YOSHIKIは音楽大学の推薦入学が決まっていたんです。 彼にはクラシックピアノで音楽を極める道が用意されていた。 でも、僕は東京に出て、勝負してみたいなと思っていた。 どうやら僕が彼を説得したらしいのですが、僕はあまり覚えていないんです。 YOSHIKIは『ToshIが言ったんじゃーん!』っていうんですけどね(笑)」 中山「それは人生の大きな転換期ですね」 ToshI「YOSHIKIは『中途半端は嫌だから、大学行くのはやめる。 やるなら全てを捨てて東京に出て、ロック1本でやっていこう』って。 僕も1人では自信がなかったけど、YOSHIKIのカッコよさや才能などがとにかく際立っていたので、一緒にやっていきたいなと思ったんです」 中山「ライブハウスで地道にやっていたの?」 ToshI「東京に出て初めてのライブは、渋谷の『ラ・ママ』というライブハウス。 僕は高校時代、バレーボール部で丸刈りだったので、まだ髪が全然伸びていなかったんですよ。 これじゃあ東京のバンドマンたちにナメられると、なぜかメンバー全員が金髪にするんです(笑)。 朝までブリーチ剤をつけておいて、やりすぎて真っ白になった短い髪を、必死に逆立てました」 中山「今、メジャーを目指している若いバンドマンにとっては夢のある話だなあ」 ToshI「『ハチャメチャなやつらがいるぞ』と噂が広まり、お客さんが増え、1年たったときにはだいぶファンがついていました。 でも、メンバーチェンジが激しくて、さすがにYOSHIKIが『もうやめようか。 ダメかもしれない』と落ち込んでしまったこともあった。 僕はYOSHIKIの江古田のマンションの一室でみかんを食べながら、『もう一回やってみようよ』と説得したのを覚えています。 それからベースのTAIJI、ギターのHIDEやPATAが入ってきてくれたんです」 中山「デビュー当時の初期メンバーがそろったんですね」 ToshI「HIDEは当時Xよりも人気のあった有名バンドにいたんです。 際立ってカッコいい逸材だったので、僕らは心底欲しくてHIDEのライブに通って、引き抜きに行くんです。 でも、向こうのメンバーも全員いる打ち上げ会場で、YOSHIKIが『俺のバンドに入りなよ? 』って叫んで……(笑)」 中山「それは変な空気になりますね」 ToshI「当時はケンカもよくありましたからね。 僕は会計係だったので、いつもYOSHIKIがぶっ壊してしまう看板や居酒屋の壁の修理代を払っていました。 そのツイートは以下のものだ。 WeAreX!! 2015年1月19日 12:29 最後の WeAreX!! はいいとして、問いかけているのは「どのフェスが好きか?」というもので、日本のロックフェスの主たるイベントが列挙されている。 当然、これで期待されるのは、ファンからの意見によって、これらのフェスのどれか、あるいは複数に出演をしてくれるのではないかという期待だ。 2011年には<Summer Sonic>と<a-nation>に立て続けに出演し、完全アウェイと思われたその会場で、オーディエンスを一気に引き込んだという歴史がある。 このツイートは、全世界ツアーを経験し、横浜アリーナ2daysをとおしてマディソン・スクエア・ガーデンでのワンマンライブを大成功させた2014年を経て、最高のコンディションにあるX JAPANが、日本のフェスに降臨してくれる可能性がぐっと高まったことを示唆しているのではないか。 2015年の夏、これは一波乱起きそうだ。 表題曲は骨太なアコースティックギターサウンドと壮大なオーケストラをフィーチャーしたロックチューン。 歌詞には、早春の北海道・大雪山連峰が夕日で紅色に染まり、日没直前に群青色へ変化していく情景になぞらえ、人生の終盤に差しかかった男の新たな人生の物語が描かれている。 Toshlはこの曲について「自らの人生と重ね合わせ、まさに渾身の歌となった」とコメント。 さらに「ある意味、過去の自分や亡き父、また先達たちへの鎮魂歌であり、挫折から這い上がり再び生き抜くことを誓う最期の覚悟をした男の歌でもある」と説明している。 このシングルはCD+DVDの2枚組仕様となっており、CDには表題曲に加え、2014年6月に配信リリースされた「未来をEYEしてる」も収められる。 またDVDには昨年8月に東京・Zepp DiverCity TOKYOで行われたソロライブ「未来をEYEしてるゼ」より1992年にTOSHI名義で発表されたソロデビュー曲「made in HEAVEN」のライブ映像を収録。 SUGIZO(LUNA SEA、X JAPAN)のプロデュースのもと集まったアーティストがバックバンドを務めた、一夜限りのライブの模様を観ることができる。 昼の部を「VOICE OF THE SHOCKING〜透き通るToshlの心と歌声の世界へ〜」、夜の部を「VOICE OF THE LIGHTNING〜全身全霊でToshlが叫ぶ夜〜」と題して行われる。 記事は、2014年10月11日、日本のロック、メタルの伝説X Japanが、マディソン・スクエア・ガーデンのコンサートで舞台に立ったとして始まる。 その夜、初期のレコーディング作品で知られる「Vanishing Vision」や「Blue Blood」といった超高速メタルや、クラシックバラードなど幅広い音楽性の曲が披露され、さらには、結成当時のエピソードも語られた。 この夜のコンサートは、YOSHIKIの歌「Miracle」で始まり、Xジャパンの最新の曲で「Jade」へと続いた。 非常にドラマチックなドラムとギターが鳴り響き、ステージ上に立ち込める炎とあいまって、熱狂的に受けれいれられた。 その後、 「Rusty Nail」「Silent Jealousy」のような曲に入ると、会場全体を圧倒的な沈黙で包みこんだと記事は続く。 YoshikiとギタリストSugizo作曲のパワーバラード「Beneath The Skin」は徐々に勢いを増して行く曲でX Japanの新曲として披露された。 「Drain From Dahlia」ではシンガーのToshiが繰り返し観客に手拍子を促し、穏やかでいて荒々しいボーカルと絡み合い陶酔的な雰囲気を作り出していた。 「紅」では多くの観客が拳を勢い良く上に下に動かしていた。 曲の中盤にさしかかるとYoshikiのドラムは非常に荒々しくすさまじいものとなり、それはその夜のコンサートで最も印象深い瞬間の一つとなったと言う。 セットリストの中で紹介されていた「Hero」や「Born To Be Free」といった新しい曲が演奏されると、観客はさらに熱狂していった。 Yoshikiはピアノソロを演奏し、続いてHideとTaijiを追悼する意味で彼らの映像がスクリーンに映し出される中、非常に感動的なドラムソロを披露した。 「Forever Love」の演奏中、YoshikiはToshiのもとに歩み寄り、彼を抱擁し、感動的瞬間を作り出した。 それは、このコンサートで最も落ち着いた瞬間でもあったと記事は振り返る。 コンサート終盤にさしかかり、「Blue Blood」からスピードメタルの傑作である「X」が演奏され、その夜、最も激しい曲となった。 曲の終盤、ステージからおびただしい量の炎が飛び交い、煙が立ち込み、素晴らしいツインギターとワイルドなドラムも少しそれにかき消されたようになった。 Yoshikiは4歳のときにToshiと出会い、10歳の時にどうやってバンドを結成したのかを話し出した。 (彼らは14歳の時にXを始めた。 )彼らの車が故障し、ホテルの宿泊費も無かったときのことを回想しながら、お金を全部ビールのために使ったからと冗談を話した。 その後、様々なアリーナでの公演や、東京ドームでの公演を振り返った。 Yoshikiは、ToshiとはかつてのギターリストHideがなくなった後、10年間互いに話をしなかったことに言及。 アメリカに来るというXの夢は、TajiとHideと共にあったと話し、コンサートは日本でも放送されていたことにも言及した。 Yoshikiが彼の物語を終えた後、バンドは「Forever Love」を繰り返した。 Yoshikiは続いて観客の中に飛び込み、他のバンドメンバーは「MSG 10-11-2014」と書かれたバナーを持って前に進み出てきた。 ToshiはYoshiの背中に飛び乗り、15〜30メートルステージの後ろへと連れて行き、そして、2人とも崩れ落ちた。 それが、ガーデンでの忘れられない夜の終了だったとしてレビューは終了する、 ザ・アクエリアン・ウィークリー(The Aquarian Weekly)は40年以上の歴史を持ち、ニュージャージーを中心に、ニューヨーク市内やペンシルバニアの一部でも購読されている老舗音楽雑誌。 去年のコンサート前にも、Yoshikiのインタビュー記事を掲載していた。 1番手に登場した乃木坂46は、「制服のマネキン」と「君の名は希望」のスペシャルメドレーを披露。 「君の名は希望」では生田絵梨花がピアノ伴奏を務め、メンバーが生歌で同曲を歌い上げた。 2番手には KAT-TUNとmiwaが登場。 KAT-TUNの亀梨和也は、昨年末に放送された『ミュージックステーション スーパーライブ』にて、子供の頃から憧れていた YOSHIKI(X JAPAN)に対面したことを告白。 亀梨はその際の様子について「舞台裏でゆずの北川(悠仁)さんと一緒にいたら後ろからYOSHIKIさんが来て。 北川さんに紹介してもらってライブへのお誘いもしていただいた。 もちろん、セットで使ってた赤い羽根も持ち帰りました」と、いちファンとして興奮したという。 これに対してタモリから「会いたかった人とかいる?」と訊かれたmiwaは「音楽番組を通じて、神田沙也加さんと一度ご飯に行かせていただいて。 普段お友達が少ないので、誘っていただいたのが嬉しくて」と自身の交友を語った。 mtv81. この追加公演が、2月28日に東京・調布市グリーンホールで行われることが決定した。 昨日1月28日より初の対バンツアー「『The Unified Field』-双卵の眼-」をスタートさせたばかりのsukekiyo。 国内での単独公演は、新たに追加された調布市グリーンホールを含め計5公演が行われる。 さらに今回は、3月15日に上海浅水湾文化芸術中心2F q. houseにて中国公演が実施されることもアナウンスされた。 また「VITIUM」関連情報も続々と発表されており、SoundCloudでは初回限定盤の特典ディスクに収録されるX JAPANのToshl(Vo)をフィーチャーした「雨上がりの優詩 Collaboration with Toshl」、俳優としても活躍する三上博史とのコラボが実現した「focus Collaboration with 三上博史」の音源試聴を実施中。 YouTubeでは「VITIUM」の全曲試聴音源や、京(Vo)が手がけたキャラクター「ゼメキス家(The Zemeckises)」をフィーチャーしたアニメ仕立てのCMが公開されている。 この映画は日本の音楽シーンに大きな影響を与えたhideの生涯を振り返りつつ、彼の音楽、人間性、精神世界などに迫るドキュメンタリー作品。 だから、どんな内容になるかは、まだ分かんないし、まさにJUNKなSTORYだな」とコメントしている。 またLive'Spotのオフィシャルサイト内に今作の特設ページがオープン。 最新情報が随時更新されるのでファンはチェックをお忘れなく。 なお本日1月31日よりhideのライブシネマ「hide ALIVE THE MOVIE hide Indian Summer Special 2015 Edition」が全国の映画館で順次公開される。 入場者には先着特典としてオリジナルステッカーが用意されている。 昨年4月に行われたソロ初のワールドツアーの記者会見にサポーターを巻いて現れるなど、その状態が心配されていた右手について、「手術をしても治る保証はないみたい。 場合によってはその日から使えなくなる」と重症であることを明かした。 YOSHIKIは、右手の状態を報じる英文サイトのニュースを見たフォロワーから「このニュースは本当ですか?ファンはみんな心配しています」と質問され、「Yes.. 」と返答。 その上で、「右手、手術をしても治る保証はないみたい。 場合によってはその日から使えなくなる。。 」とツイートした。 同サイトは「YOSHIKIの医師は彼に右手を手術するよう勧めている。 しかし、手術をすればワールドツアーが困難になるため、彼を悩ませている」と報道。 「腱のほぼ2分の1が破損しており、もしすべて破損すれば、彼は手を動かせなくなる。 YOSHIKIはあらゆる手を使って手術を1年、またはそれ以上延期させたい考えだ。 彼は実際のところ、破滅寸前にある」と伝えている。 また同サイトは「彼は昨年、たくさんのブロック注射を打って痛みに耐えてきた。 今年も同じことをし、痛みを我慢するためあらゆる手を尽くすことが彼の結論だ」とした。 ファンに向けては、「心配をかけてごめんね。 I'll be ok」とつづっている。 YOSHIKIは昨年4月、都内でソロ初となるワールドツアー『YOSHIKI CLASSICAL WORLD TOUR PART1』の記者会見を開いた際、「練習のし過ぎで、腱鞘(けんしょう)炎がひどい」と右手にサポーターを巻いて現れていた。 手術をしても右手が治る保証がないことを明らかにした。 「右手、手術をしても治る保証はないみたい。 場合によっては、その日から使えなくなる。 心配をかけて、ごめんね」とつづった。 携帯サイトによると、医師から手術を勧められているが、今年予定されているツアーなどに支障が出ることを懸念。 悩むYOSHIKIに対し、ファンから心配の声が届き、今回はそれに答えたもの。 昨年4月には、ソロ初のワールドツアーの記者会見で「腱鞘炎がすごい」と右手にサポーターを巻いていた。 1月12日にBARKSで紹介した時点でX JAPANはすでに1位を独走している状況にあったが、残り数時間の現在、X JAPANは半数以上のシェアを獲得し、他の追従を許さぬ状態でフィニッシュを迎えそうだ。 アメリカのサイトのファン投票で日本のバンドが健闘している事自体が、実に嬉しい出来事だけれど、その裏にはX JAPANを支える熱きファンたちの実直なサポートに支えられている事実がある。 X JAPANというバンドの凄さを表す投票結果であるが、それはそのままX JAPANファンのパワーを示すものでもあるわけだ。 バンドとファンとが固い信頼で結ばれているからこそのこの結果も、エポックメイキングなこと。 日本時間3日23時まで、投票は1時間置きであれば1人何回でも投票可能なシステムとなっているので、ラストスパートをYOSHIKIの2バス並みの勢いで突き抜けたいところだ。 そんな盛り上がりを見せる中、YOSHIKIはTwitterで自身の腱鞘炎について「右手、手術をしても治る保証はないみたい。 場合によってはその日から使えなくなる。。 心配をかけてごめんね。 I'll be ok, WeAreX! 」とツイート、ファンの間で波紋を呼んでいる。 YOSHIKIの身体はすでに自分ひとりのものではない。 が、YOSHIKIがYOSHIKIとして覚悟を決めるのを、そのまま受け止めて輝き続けるX JAPANをサポートするのが、 WeAreX! スピリットでもある。 予断は許さない状況にあるが、2015年のX JAPANがこれまで以上の刺激を世界中に振りまいてくれることを願うばかりだ。 まずはX JAPANのToshlさんですが、もともと接点はあったんですか? いや、接点はなくて。 中学生の頃からX JAPANをずっと聴いてたんですけど、Toshlさんの魅力は「似てる声の人がまったくいない」っていうところですよね、やっぱり。 つい最近もテレビで歌ってるところを観て、やっぱりすごいな、と。 昔よりもさらにすごくなってると思ったし、刺さるものがあって。 で、ぜひ、一緒にやらせてもらいたいな、と。 そういう曲をToshlさんが歌っているイメージが湧かなかったので、「どんな感じになるのかな?」という興味もあって。 個人的に聴いてみたかったということですよね。 いちファンとして「どういうことにワクワクするだろう?」って常に考えているので。 依頼したあとで歌が入ったトラックデータを送ってもらったんですけど、素晴らしかったですね。 「直しがあったら言ってください」って言われてたんですけど何もなかったです。 この企画は、世界中で支持を集めるビッグバンド10つの中からファンによる投票で人気を競うもので、今回の快挙に、YOSHIKIの公式ツイッター上には国内外のファンから祝福のメッセージが届いている。 X JAPANは2012年にも同サイトのファン人気投票で殿堂入りを果たしており、今回、2月3日まで行われていたファン投票で、リンキン・パークや昨年の同企画で優勝したブラック・ベイル・ブライズを優に超え58. 38%と半数を上回る投票率を獲得した。 これに対しYOSHIKIは「X JAPANのファンへ あなたたちが勝ったよ!愛してます」と英語でコメントを出し、結果を報告。 ファンからは「おめでとう」「素晴らしい!」「X JAPANがどれだけファンを大事に思っているか証明された」「幸せ!」と熱烈なコメントが寄せられた。 日本のみならず海外でのX JAPANの人気は高まっており、2013年にはゴールデングローブ賞の授賞式にYOSHIKIがサプライズ出演を果たし、さらに昨年、バンドはアメリカのコンサート会場の聖地とも言えるマディソン・スクエア・ガーデンにて単独ライブを開催。 同会場におけるアジア人アーティストの最多動員数の記録を更新するなど、その人気は勢いを増す一方だ。 まさしく役割通りの会社名ですね。 杉本:そうですね。 コンサートプロモーターの会社で、一番初めはRED WARRIORSとかから。 僕らの身内の人間はみんな埼玉だったので、埼玉のローカルプロモーターですよね。 何で埼玉かというと、渋谷公会堂とか武道館とかはなかなか会場が借りられないんですよ。 借りたとしても抽選で8カ月後とか1年後とか。 埼玉だと地元、厳密には地元じゃないんですが、会場も結構あって割と安く借りられた。 たまたまRED WARRIORSとかレベッカは埼玉出身ですから、ここのエリアからローカルプロモーターとして、ムーブメントを作っていこうと。 澁谷:ということは、埼玉の地元密着型というか地元発信型というか? 杉本:そうですね。 僕は当時「ニュージャージー」って呼んでいたんですけど、東京があって、川ひとつ隔てるとニュージャージーがあるって感じで(笑)。 米国では、ニュージャージーからいろんなアーティストが出て来るわけですよ。 ボン・ジョヴィとかブルース・スプリングスティーンとか。 ああいう感じをイメージしていたんです。 インディーという言葉が出てきたころです。 RED WARRIORSをやりながら、ローカルプロモーターですけど、そこで出会ったのが例えばX JAPANです。 X JAPANが成長する過程で僕たちも成長していって、X JAPANの東京でのショーをやるようになり、全国ツアーをやるようになった。 その時にローカルプロモーターから、コンサートエージェント的な仕事になるんです。 ちょっと業種が変わっていった。 でも、こうした変化には、僕自身あまりこだわらないんですよ。 成長していく過程で常に変化するじゃないですか。 自分はこれだって決めて、絶対それしかやらないってことはないんです。 僕が始めた頃は今思えば、自分が常に変化していっていました。 その後はバンドの成長と共に、僕たちも成長するわけです。 結局、武道館とか東京ドームでショーをやるようになると、他のいろんなアーティストと巡り合うチャンスも出てきます。 例えば、それで次に手掛けたのがLUNA SEAでした。 澁谷:そうして杉本さん自身が大きな仕事をされるようになって、その後、私と会うことになるんですね。 出会った時の印象を良く覚えていますが、この人は頭の回転が早いなって。 曖昧な表現が多い業界のなかで、瞬時に頭の中で計算して具体的な話しや数字が出てくる。 この頭の回転の早さは生まれつき備わってるものか?と思ったりしていました。 そしてビクターと共同でレーベルを立ち上げることになって、LUNA SEAのリードボーカルだった河村隆一さんのソロ活動が始まるのですが、ここまでになる経緯は? 杉本:LUNA SEAも成長したじゃないですか、東京ドームでコンサートをやるようになると、僕もいろんなアーティストを見て経験があるんですけど、東京ドームでショーをやるというのが一番上ですよね。 その上はないから、そうなるとどんなグループでもどんなアーティストでも、いろんなものにチャレンジしたくなるんですよ。 その時にバンド(5人)という5分の1での可能性でやっていくのか、(1人の)100分の100でやるというのが必ず出ると思うんです。 そうした時に、河村隆一からソロをやりたいという話があって、だったら自分たちでレーベルまで含めて全部やるのはどうなのって話をして、僕はそのインフラをつくると。 あの時は期間限定で、LUNA SEAも解散したわけではなかったですから、1997年の1年間だけソロをやって決着をつけるという、完全に短期のビジネスだったんですよね。 それではレコード会社と契約を交わすのはなかなか難しい。 そうするとレーベルまで含めて自分ですべてやるというのが一番いいのかなということで、澁谷さんのビクターエンタテインメントにお世話になってレーベルを立ち上げることになったんです。 市民センター跡地に建設する計画で、平成28年9月の開園を目指す。 当初は中央保育園と一体となった子ども園も検討したが、幼稚園園舎を先行させる。 房南地区小中一貫校は、工事に着手する。 現房南中に整備し、29年4月の開校を見込む。 館山、神戸、九重小の耐震改修も計上した。 学童クラブを公設化する委託費なども盛り込んだ。 九重地区にも新たに設け、市内7か所を公設化し、民間に運営を委託する。 保育所の保育時間を30分延長する費用も入れた。 全国50館の上映劇場が発表され、全国共通特別鑑賞券の詳細もアナウンスされた。 突然の死から17年経った今もなお、音楽シーンに多大な影響を与え続けているhide。 今回の映画は彼にまつわる2015年現在の状況を追いつつ、アーティストや関係者などhideを知るさまざまな人物へのインタビューを行い、彼の音楽、人間性、精神世界などに迫る。 現在映画の撮影は佳境に突入しているとのこと。 佐藤太監督は撮影の状況について「ドキュメンタリーといえど、ある程度の台本を用意して撮影に臨んだ。 だが、撮影を重ねるたびに台本という決めごとからこぼれてしまうほど、hideという人間の魅力に振り回される日々。 我々は一度台本を捨てるところから、hideに近づこうと考えた。 答えはどこにもない」とコメントしている。 映画「JUNK STORY」全国共通特別鑑賞券表面全国共通特別鑑賞券は3月14日10:00より全国で一斉発売。 さまざまな時代のhideをかたどった全5種類のビジュアルがデザインされており、5種類の券を並べ合わせると裏面にhideのビジュアルが完成するという仕掛けになっている。 またオンラインショップfamima. comでは、限定デザインのフローティングペン付き全国共通特別鑑賞券が数量限定で販売される。 「#ComingSoon! #XjapanAlbum #WeAreX!」とコメントしてファンを歓喜させた。 彼はX JAPANのニューアルバムについて「4月に完成する予定」だと伝えていたが、着々とその日に向かっているようだ。 昨年、2014年10月11日に米・ニューヨークでマディソン・スクエア・ガーデン公演を成功させたX JAPAN。 11月24日にはYOSHIKIからX JAPANのアルバムを制作中で4月に完成予定だと伝えられた。 そして、2015年2月25日、『YOSHIKI yoshikiofficial Instagram』で1枚のCDの画像が公開された。 15の文字の他、12曲が収録されていることと『Jade』の楽曲名が確認できる。 ファンも「格好いい! 朝からテンション上がったよ〜」、「楽しみ。 仕事頑張ってきます」、「嬉しすぎて泣きそうです」とアルバムの完成が近いことに感激している。 「ありがとう。 ずっとついてきて良かった。 本当にこんな日がくるんですね。 解散直後ファンが立ち会えなかった長年の夢、本当に一つずつ叶っていきます。 ありがとうございます」、「YOSHIKIさんの想いが詰まった全12曲早く聴きたいです。 ホントに生きててよかった、ありがとう。 続きも順調に行きますように」と熱いコメントも寄せられた。 X JAPANは多忙を極める中で長期レコーディングの末に完成させたオリジナルアルバム『DAHLIA』を1996年11月4日にリリースした。 1997年12月31日に解散。 2007年に再結成とバンドも変化する中で、次のオリジナルアルバムは生まれていない。 今回、4月完成予定の作品は約19年ぶり、5枚目のオリジナルアルバムとなる。 CD画像を見て、「うおー! 曲名が見えそうで見えない〜!」とのコメントもあるように詳細はまだ明かされていないが、ライブで披露されたこともある楽曲『Jade』についてはニューアルバムに収録される予定だと公表されていた。 この『Jade』はYOSHIKIがHIDEの墓前でシュークリームを食べている時に浮かんだという都市伝説がある作品だ。 今のX JAPANがどのようなアルバムを作ってくれるのか、完成する日が待ち遠しい。 YOSHIKIは自身のLINE公式アカウントで「今年から世界ツアーがはじまる! We'll start the WorldTour this year! WeAreX」と日本語と英語を交えてコメント。 なお彼は2月25日に自身のInstagram公式アカウントで、ニューアルバムのサンプル盤とおぼしき画像とともに「 ComingSoon! XjapanAlbum WeAreX! 」とメッセージを発信していた。 待望のニューアルバムと、世界ツアーの詳細発表をファンは楽しみにしておこう。 The message was cross-posted on YOSHIKI's Instagram, LINE, Twitter and Facebook official accounts. YOSHIKI also teased fans with photos of X JAPAN's long-awaited album on Instagram a week ago! A photo of what seems to be the new album's sample record was posted alongside photos of the recording session in LA. We are certainly looking forward to the new album and the world tour! What about you? スティーヴン・タイラーとも肩を組む。 X JAPANのYOSHIKIが米国の人気歌手、ブリトニー・スピアーズとのツーショットをInstagramで公開した。 さらには、ロックバンド、エアロスミスのスティーヴン・タイラーと並んで撮った1枚も投稿して反響を呼んでいる。 YOSHIKIが2月28日に『Yoshiki yoshikiofficial Instagram』で「With @britneyspears #PieceOfMe」と注釈して、ピースサインをしてブリトニー・スピアーズと写った1枚を投稿。 「わぁ! ブリちゃんだ」、「よっちゃん〜、相変わらずビッグな方と」、「なんて組み合わせ! 豪華!」とファンを驚かせた。 彼の別の投稿によると、米ロサンゼルスのスタジオでレコーディングを行っており、その合間に飛行機でラスベガスに数時間だけ滞在したようだ。 そこではブリトニーだけでなくスティーヴン・タイラーとも出会っている。 パーティー会場のようなところでスティーヴンから肩に腕を回されたYOSHIKIは、やはりピースサインをして写っていた。 ブリトニーが3月1日に『ブリトニー・スピアーズ britneyspears Instagram』で公開したスティーヴン・タイラーとのツーショットで、彼はYOSHIKIと写った時と同じ服装をしている。 スティーヴン・タイラー、ブリトニー・スピアーズと同じパーティーに出席するのは、X JAPAN、そしてYOSHIKIが米国でも高く評価されているからだろう。 ラスベガスからロサンゼルスに戻ったYOSHIKIは、「We'll start the #WorldTour this year! #WeAreX」と宣言している。 今年も、またまた海外で活躍してくれそうだ。 仲むつまじく微笑む2人の姿が反響を呼んでいる。 YOSHIKIが主人公として登場するマーベルのコミックス『Blood Red Dragon』が2011年に製作されて以来親交を深めてきたYOSHIKIとスタン。 2人の背景にはスタンが写る数々の写真やスパイダーマンのフィギュアらしき物もあり、恐らくスタンの事務所で撮影されたようだ。 YOSHIKIは、英語で「会う時はいつもうれしいよスタン!」というメッセージを添えており、国内外のファンから「素敵!」「めっちゃすごい!」「オーマイガー」と大興奮のコメントが寄せられている。 YOSHIKIはこのほかにもブリトニー・スピアーズやロックバンド「エアロスミス」のボーカリストであるスティーヴン・タイラーとの豪華なツーショットをインスタグラムで披露。 海外での知名度がうかがえる。 (2015-03-04 Yahoo! 今回発表されたデザインは2011年にX JAPANが行った南米ツアーのペルー公演アンコールにて、YOSHIKIがナースのコスプレを披露したことから着想を得たもの。 Yoshikittyの衣装には当時YOSHIKIが着用した赤い縁取りのナース服と赤い聴診器が再現されている。 この新デザインを使用したグッズは明日3月10日に販売元のあすなろ舎のオンラインショップにて発売される。 グッズはA4クリアファイル2枚セット、アクリルキーホルダーをラインナップ。 また同日に、昨年発表された「Yoshikitty ピアノバージョン」の新商品のTシャツも販売がスタートする。 今後の活動に関してとファンへのメッセージ」 2月2日、東京都内にてX JAPANのボーカルToshlにモデル・秋元梢がインタビューを行った。 Toshlは今年のX JAPANのことやソロでの今年の活動に対して意気込みを語った。 -X JAPANの大ファンである秋元梢- 秋元梢:私は年齢的に復活してからのX JAPANしか生で知らないんですけど、復活してから日本での全部の公演には行ってて。 Toshl:そうなんですか。 ありがとうございます。 秋元梢:こちらこそありがとうございます。 凄い好きで復活の初日の『LAST SONG』が流れた瞬間にひとりで号泣して・・・ Toshl:どのへんで見てたのですか? 秋元梢:席は見切れ席のはしっこの上です。 チケット取れたのは 一日だけだったんですけど、どうしても全部行きたいと思って友達全員に連絡して チケットを 譲ってもらったんですけど、 一生X JAPANのコンサートを生で見れないと思っていたので、復活していただいてとても嬉しいです。 Toshl:どういう形で知るんですか?音楽は? 秋元梢:私は聞いてはいたんですけど、誰がどの曲を歌ってるとかはまだ入ってないような小さい時だったので、ゲームセンターでHIDEさんの人形を無意識にとってたとか・・・ Toshl:無意識に取ったんだ 笑 秋元梢:何だろう。 この人形かっこいいとか思って取ったんですけど。 Toshl:UFOキャッチャーで? 秋元梢:UFOキャッチャーです。 あとテレビでこの曲好きだなとか思ったのが毎回X JAPANさんだったり、あとは自分が好きになったビジュアル系バンドが好きなのがX JAPANだったり。 そういうので辿っていったらいつのまにかどっぷりハマってました。 Toshl:すいません 笑 秋元梢:そこで知り合った友達も凄いたくさんいて、X友達がいるんですけど、みんなで情報共有して地方に行ったら遊んでもらったり一緒にライブに行ったりとかしてました。 Toshl:ありがとうございます。 秋元梢:なので今回こうやってインタビューできて凄い嬉しいです。 Toshl:横浜アリーナは? 秋元梢:行きました!パリから帰ってきてその日に行きました。 Toshl:パリから時差ボケの中で? 秋元梢:時差ボケの中でそのために予定切り上げて行きました。 幸せでした。 もう叫んでました。 Toshl:パリにはよく行かれるんですか? 秋元梢:パリは私はモデルの仕事をしてるのでショーを良く見に行くんですけど、それよりも大事なものがあると言って帰りました。 Toshl:僕だったらパリでワイン飲みたいですね。 X JAPAN見るより 笑 秋元梢:それまでに一杯飲んで来ました 笑。 -ファンの方にToshlからメッセージ- 秋元梢:そんな私も含めなんですけど、ファンの方にメッセージいただけたら・・・ Toshl:そうですね。 ファンの方へは本当に感謝感謝感謝で。 世界中いろんなところ僕も回りますけど、やっぱり日本のファンの方ってのが、特別なんですね。 もちろん長く古くというのもありますし、熱狂的というのもありますし。 懲りずによくこんな問題の多いバンドを応援してくださるなと思うんですけど。 ですから、今年こそはYOSHIKIも必ず出すと言っているので何十年ぶりになるか知りませんが、 新しいアルバムを出して、ワールドツアーまたやりたいですね。 出来れば国内でも東京だけじゃなくてね。 秋元梢:どこでも行きます! Toshl:そんなことYOSHIKIとも話してますので。 X JAPANの活動も期待していただきたいし、 またソロの方は自分がやるべき仕事、伝えるべき伝えたいことをしっかりと歌いあげるようなメッセージにして、 伝えていきたいなと思います。 …そう、yoshikittyの白衣の天使バージョンの登場だ。 3月10日(火)より新発売となる。 この「yoshikittyナースバージョン」は、ご当地キティを手がける(株)あすなろ舎から発表されたもので、もともとは2011年9月16日に行われたペルー、リマのエスセンシア・アール公演にて、YOSHIKIがナースのコスプレでサプライズ登場するというファンサービスが発端となったもの。 2011年の南米ツアーでは、オーディエンスの熱量は尋常ではなく、会場を回るたびにYOSHIKIは人の波へ無謀なダイブを繰り返し、満身創痍の状態となっていたが、そんな自身の身体の状態を冷やかすかのようなナースのコスプレは、ペルーの大手雑誌、ラジオ、テレビ、新聞社など主要メディアで大きく報道され、X JAPAN旋風のパワーを南米に振りまいていた。 「yoshikittyナースバージョン」は、当時のYOSHIKIそのままに赤い縁取りのナース服に赤い聴診器をつけている。 ナースキャップには紅の「? 」ではなく「X」文字が眩しい。 現時点ではぬいぐるみは発表されておらず、A4クリアファイル2枚セット1000円(税込)、アクリルキーホルダー800円(税込)、そしてTシャツ(レッド、ヴィオレ、チェリーピンク)5000円(税込)の3アイテムが公開されている。 多くの人は、生前に残された貴重なサインを見ることができたと喜んでいるのだが、敬称を付けなかったことに腹を立てた一部ファンらから、「hide『さん』だろ」といった批判が上がっているのだ。 狩野さんが投稿したサインはいつごろ、どこで書かれたのか分からないが、「仙台だからキャラクターに伊達政宗の眼帯してる 感動!」としており、ファンからは「貴重なサインが見れて嬉しい」「狩野さんありがとう」と喜ばれている。 一方で、「狩野ごときがhideさんを呼び捨て」と少数ながら反発を招いてしまった。 「hide『さん』だろ」と怒る人に、狩野さんも「うるせーな、敬語つかえ」と応戦。 その直後には 「X JAPANのtoshiが描いたhideのイラスト!宮城名物、牛タンって書いてる!!可愛すぎる!」 と再びメンバーに敬称を付けずに別のサインを投稿した。 狩野さんは、普段から著名人に敬称を付けない訳ではない。 過去のツイッターでは 「バカリズムさん、堂島孝平さんと、収録」 「宮城県の父と言われる、さとう宗幸さんが美空ひばりさんと共演してる映像を見た」 「上沼恵美子さんから、バレンタインデーもらった」 などと、「さん」をつけている。 どうも、今回あえて、X JAPANメンバーだけ敬称を省いたようだ。 デビュー当時のYOSHIKIの半分だけ髪を立てたスタイル誕生秘話として「セットが完了しないまま出番がきてしまい、半分しかセットできないまま出演したが、これが好評だったから」や、ボーカル、ToshIがかつてパーソナリティーを務めたラジオ番組「オールナイトニッポン」で「泥酔したYOSHIKIが応援に駆けつけ、めちゃくちゃにした」などの話を紹介した。 これにYOSHIKIは大島氏のツイッターに返信する形で「たまたま見てしまいました」とコメント。 具体的にどこが真実と異なるなどは明らかにしなかったものの、放送内容にショックを受けたとすると、「今ファンのみんなをがっかりさせないように世界に向かって命がけで頑張っています」とつづった。 10日の同番組ではX JAPANの大ファンという俳優・今井雅之が出演。 今井に「知らなきゃよかったと言いたくなる X JAPANの真実」を伝えるため、音楽ライターの大島暁美氏がVTR出演した。 YOSHIKIの過去の言動をコミカルに紹介した内容だったが、これにYOSHIKIは「たまたま見てしまいました。 真実と異なる事や、編集等、色々と思う事があり、少し傷つきました。 今ファンのみんなをがっかりさせないように世界に向かって命がけで頑張っています。 」とツイートした。 番組では、大島氏がデビュー当時にYOSHIKIが長髪の右半分だけを立てていたヘアスタイルについて「時間がなくて半分しかセットできなかったもの」と解説。 過去にYOSHIKIを取材した内容として、あるライブでメークの時間がなくなり、髪の毛を半分、顔の白塗りも半分で出演したところファンの評判がよく、そのスタイルが定着したとして「半分パンク、半分ヘビメタルで、二重人格の意味もあり(YOSHIKIも)気に入っていた」と説明した。 また、かつてボーカルのToshlが、憧れだったラジオ番組「オールナイトニッポン」のパーソナリティーを務めた際に、酒に酔ったYOSHIKIが応援に駆けつけるも「生放送中に泥酔してめちゃめちゃにした」との話も明かされた。 番組ではその当時の音源が流され、Toshlが番組進行しようとする中、YOSHIKIが「やだあ、もう帰る」「いいの、放っておいて」「知らないよ、そんなの」とくだをまいたような声が流れた。 「中居正広のミになる図書館」10日放送回では、音楽ライターの大島暁美氏が「YOSHIKIの半分だけ髪を立てた独特のヘアスタイルは、全体をセットする時間がなかったことから生まれた」「泥酔したYOSHIKIがラジオの生放送をめちゃめちゃにした」といったX JAPANにまつわるエピソードを紹介した。 YOSHIKIは11日、大島氏に「たまたま見てしまいました」とリプライ。 「真実と異なる事や、編集等、色々と思う事があり、少し傷つきました」と放送内容にショックを受けたことを明かしている。 そして、「今ファンのみんなをがっかりさせないように世界に向かって命がけで頑張っています」と続けた。 昨日、YOSHIKIさんの事務所から番組担当者に、「東京ドームの開演時間が間違っていた」というご指摘をいただいたと連絡がありました。 番組の中で、ゲストの今井雅之さんがX JAPAN愛を語る中、東京ドームの再結成ライヴの開演が「6? 7時間遅れた」と熱く語られていたので、「遅れたのは、3時間です」と訂正いたしました。 しかし、当時の資料を調べたところ、開演は2時間17分遅れ、2時間23分遅れ、2時間30分遅れと媒体によって多少の差はありましたが、約2時間25分程度の遅れが正しいと判明いたしました。 とっさのフォローとはいえ、間違った情報を発信してしまい、大変申し訳なく思います。 番組に出演するにあたり、コメントには細心の注意を払ったつもりでおりました。 「ガッカリさせる」というコンセプトの番組ではありますが、X JAPANの一般の方には知られていない破天荒で自由な魅力を伝えられたらと思って、収録に臨みました。 番組の収録が終わった翌日には、X JAPAN、YOSHIKIさんのマネジメントにも連絡をして、番組の内容をお話しいたしました。 ですが、こういう結果になってしまったのは、わたくしのいたらなさゆえと思っております。 不愉快な想いをされたYOSHIKIさん、Xファンのみなさん、本当にすみませんでした。 バンドの近況を聞かれるなかで「日にちはまだ言えませんが、日本ツアーをやります。 これは決まりました」とサプライズ発表をして報道陣を驚かせた。 【同イベントでは】YOSHIKI、右手回復は絶望的「腱が半分切れてる」 X JAPANとしては1996年末まで開催された『DAHLIA TOUR 1995-1996』以来、約20年ぶりの国内ツアーとなる。 具体的な内容を聞かれると「まだ言えないですね」と濁しつつ「西から南。 北の方も行きたいねと話してる」と全国各地を巡ることを示唆した。 発売は今年下旬を予定し、国内ツアー後には世界ツアーも控えていると明かし、「自分たちもテンション上がってる。 2015年から16年までは突っ走ります!」。 この日の取材には、かねてより不安視されている右手にサポーターをつけて応じた。 現状については「もう腱が半分切れています」と深刻さを明かし、「日常的に痛いですね。 ドアを開けたり、水を飲むときにキャップを開けたりするときも痛む。 トレーニングも禁止されています」と告白。 リポーターから「少し休めば回復しますか?」と心配されると「もう治らないらしいですね」と回復が絶望的であることを明かした。 ツアー開催に報道陣が沸くなか、コンディション面で心配されると「ツアーが終わるまでは持つと思う」と意気込み。 「そのツアーが最後になりそう?」との声には「それはありえますね」と答えつつも、引退については「音楽は好きなので今のところそれは考えてません」ときっぱり否定していた。 マイバッハから降りるYOSHIKI。 今年の「Mercedes-Benz Fashion Week TOKYO」は本日3月16日から21日まで、東京・渋谷ヒカリエとメルセデス・ベンツ コネクションにて行われる。 オープニングレセプションには渋谷区長・桑原敏武氏やメルセデス・ベンツ日本株式会社のティナ・フタニ代表取締役副社長などが登壇し、イベントのスタートを祝った。 YOSHIKIサプライズゲストであるYOSHIKIは、イベントの後半にドイツの高級車・マイバッハに乗って登場。 ステージ上に現れた彼は、次回の「Fashion Week」で自身がデザインを手がける着物ブランド「YOSHIKIMONO」の新デザインをすることを告知した。 さらにYOSHIKIは「今年の終わりくらいからX JAPANの世界ツアーを開催します。 さらにアルバムの発表やドキュメンタリー映画の公開もあると思います」と、バンドの今後の活動について語った。 来年頭くらいにドキュメンタリー映画も公開される予定なんですが、アルバムとセットになってるので今回こそは出します」とコメント。 さらにツアーについて彼は「日本ツアーも決定している。 世界ツアーの前にやろうと思ってます。 自分たちもけっこうテンション上がってます」と話した。 ツアーやアルバム、映画についての詳細は後日発表される予定なので、ファンは楽しみにしておこう。 日本ツアーは1996年以来19年ぶり。 YOSHIKIは「今年の終わりから世界ツアーをやります。 世界ツアーの出発が日本ツアーになる」と宣言。 詳しい日程や場所は明かさなかったが、「久しぶりに西の方や南の方も、北の方もどうかなという話も出ている。 自分たちも結構、テンション上がっています」と笑顔を見せた。 96年の「DAHLIA」以来19年ぶりの新作アルバムについては、「(告知していた)8月から少しずれ込みそう。 完成度は90%。 ツアーまでには発売します」とキッパリ。 撮影中のドキュメンタリー映画についても「(来年)1月に公開できそう」と明かした。 また、ツイッターなどでけんしょう炎の悪化をつづっていたが、「今回は2015年から2016年まで結構長いツアーになると思う。 それが終わったら手術をしようと思っている」と告白。 現在は通院治療を行っているが、「腱が半分切れている。 ツアーが最後?あり得るかもしれない。 ドアノブを回したり水のボトルを持つのも辛い。 お医者さんにブロック注射を、これ以上打つと骨が溶けちゃうといわれた」と深刻な状況を明かし、「でも、僕から音楽をとったらなにも残らないので。 ファンの皆さんがいてくれるのが支え。 最後までやり続けたい」と意気込んだ。 「X JAPAN」としては約20年ぶりとなる日本ツアーを年内にもスタートさせることを明かした。 そのためのアルバムを現在レコーディング中だそうで、YOSHIKIは「僕も狼少年状態になっているけれど、今回は本当に出ます。 シングルを何枚か出した後になるかもしれないけれど、そのアルバムをもっての日本ツアーが決まりました」と断言。 アルバム発売は今年後半になる見込みで、日本ツアーの後は2016年をかけて世界ツアーを回る予定だという。 この日、自身のインスタグラムで「次にツアーができるとしても、それが最後かもしれない」と発言していた原因とされる両手首の状態については、「腱が半分切れていて、ドアノブを回すのもつらいくらい痛い。 医師からはすぐに手術した方がいいと言われているけれど、レコーディングも終わっていないし、世界ツアーが終わってからかな。 ギリギリもつと思う」と気丈に説明。 「激しい、無謀な(ドラムの)叩き方をしてきたから、自業自得ですよ」と自ちょう気味に話した。 一方で、昨年10月のニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデン公演から撮影が始まったドキュメンタリー映画が来年1月に公開されることも明言。 手首は手術しても100%完治するわけではないそうだが、「僕から音楽を取ったら何も残らない。 音楽に人生をささげているので音楽は続けますよ」と衰えぬ意欲を見せていた。 また、自身がプロデュースする着物ブランド「YOSHIKIMONO」の新作を、今秋のファッション・ウィークで発表することも明かした。 急遽、参加したYOSHIKIから、来季秋の「Mercedes-Benz Fashion Week」にてYOSHIKIがプロデュースするYOSHIKIMONOのニューラインの発表を行うことが発表された。 会場にはメルセデス・ベンツ・マイバッハで登場、まるで飛行機のファーストクラスのようだと、その乗り心地を語っていた。 登壇でのコメントはシンプルで短いものだったが、X JAPANとして2015年の年末辺りから第2弾となる世界ツアーを行うこと、そしてX JAPANのニューアルバムのリリース、またそれに加えてX JAPANのドキュメンタリー映画が発表されることもYOSHIKIの口から発表された。 YOSHIKIはツイッターに英文で「もしツアーができたとしても、それが最後になるかもしれないし、ならないかも…」と、次回ツアーが自らの右手首に致命傷を与える可能性を示唆した。 YOSHIKIは昨年、ソロとして初の世界ツアーを敢行。 しかし今年2月、長年患っている右手首の状態について、ツイッターで「手術をしても治る保証はないみたい。 場合によってはその日から使えなくなる」とかなり悪いことを打ち明け、「手術は選択しない」と決断したことを伝えていた。 そして今回、YOSHIKIは主治医からかなり悲観的な診断を受けたようだが、嘆くわけではなく「私は最後までロックし続ける」と、毅然とした姿勢を示してみせた。 年内にも開始し、ツアーと連動して、アルバム、ドキュメンタリー映画も発表するという。 自身のツイッターで、右手首の腱鞘炎が深刻であると記していたように、この日も手首を器具で固定。 「腱が半分切れている。 治らないんです」と説明。 次回ツアーが最後になる可能性も示唆したが、「音楽をやめることはない」と強調。 日本から始まる世界ツアー終了後にも手術を受ける意向を示した。 X JAPANが年末から約19年半ぶりとなる日本ツアーを行うと明かした。 今年後半にアルバムを発売。 それを引っさげて日本を回った後、世界ツアーを行うといい、「自分たちもテンションが上がっています。 2015年から16年まで突っ走ります」と意気込んだ。 手首の腱鞘炎が悪化したと15日のツイッターでつぶやいたことには「腱が半分切れていてドアノブを回すのも辛い。 激しい無謀な(ドラムの)たたき方をしてきたから自業自得ですよ」と説明。 ツアー後に手術を検討していることも明かした。 日本ツアーは95〜96年以来、19年ぶりになる。 「最後のツアーになるかもしれない」という。 具体的な構想も決まっている。 「言えないけど西の方にも北の方にも行きます」と、地方にまで足を伸ばすことを示唆。 正式発表の際にはメンバーで記者会見を行うという。 ツアー前のアルバム制作と来年完成予定のドキュメンタリー映画製作も同時進行中。 この3つは「パッケージ」だという。 アルバムについては、過去にも「発売する」と明言しながら、なかなか実現していないだけに「おおかみ少年状態になっている。 でも、今回は出そうな気がします」。 控えめ目な表現ながら断言した。 ピアノやドラムを強くたたくため右手首に重度の腱(けん)鞘炎を患っている。 「腱が半分切れています」。 現在はドアノブを回したり、飲料のキャップを回すのもつらい状態だという。 これは「自業自得です」と自嘲しつつ、ツアー後に手術を検討していることも明かした。 楽器を弾けなくなっても音楽からは身を引かない。 「作曲もありますから。 それに音楽が好きなんです。 ファンが支えです」という。 プロデュースを手掛ける着物「YOSHIKIMONO」も注目されている。 「自分は呉服屋の息子ですから。 着物とロックを融合させた奇抜なものになります。 今年デビューします」と話した。 右手首が重度の腱鞘炎になっているYOSHIKIは、この日も患部にサポーターを巻いて登場。 年内に20年ぶりとなる日本ツアーを行い、その後、海外でもツアーを行うと発表した。 「それが終わったら(腱鞘炎の)手術をしようと思います」とスケジュールを明かしたが、手首の腱はすでに半分が切れているという。 「今、した方がいいと医者には言われているのですが、まだレコーディングが終わっていないので…」とままならない状況を説明した。 ドアノブを回すのにも苦痛をともなうほどの症状で、「今回のツアーでもしかしたら最後になる?」という報道陣からの質問には「あり得るかもしれないですよね。 分からないですけど…」とぽつり。 「昔から(音楽活動で)無謀なことをしてきたので、自業自得」と苦笑いしたが、それでも音楽活動を続ける理由を「音楽が好きだから。 ファンのみなさんもいてくれて支えになっているし、最後までやり通したい。 音楽に人生を捧げていますので」と語った。 YOSHIKIは高級車のマイバッハに乗って颯爽と登場。 「飛行機のファーストクラスみたいな乗り心地ですね。 」 と冗談を飛ばして笑顔を見せた。 かなり奇抜ですね。 」 「ヴィジュアル系という言葉がありますけど、僕ら(X JAPAN)はそのど真ん中だと思ってます。 だからファッションとは切っても切れません。 」 と自身のブランドへのこだわりと、ファッションへの強い関心を語った。 X JAPANの活動についても触れ、 「今年の終わりぐらいから世界ツアーをやります。 その出発が日本ツアーです。 」 「アルバムの完成度は90%ぐらいです。 いつも90%って言ってますけど今も90%です(笑)。 でも年内には必ず何かしら出します。 」 「(ドキュメンタリー映画は)来年の頭に公開される予定です。 アルバムとツアーとほぼ一緒に発表されると思います。 」 と、今年中に19年ぶりの国内ツアー・19年ぶりのアルバムについて何らかの発表がある事をはっきりと言い切った。 ただ、かねてからの持病のけんしょう炎が悪化しているとの事で「物を持ったり、ドアノブをひねるのも辛い状況で、これ以上注射を打つと骨が溶けると言われた。 」と告白。 記者からの「今回のツアーが最後になる可能性は?」との質問には、 「ありえるかもしれません。 まあ何が起こるかわからないので。 まだやりたい事はたくさんあるので引退はないと思います。 」と応え、「ファンが待ってるので。 メンバーも楽しみにしています。 」と真摯な言葉で語った。 2015-03-19 JROCK. tokyoJROCK. もともと、激しいドラミングや手首に負担がかかる角度でマスター・キーボードを弾いていたため、慢性的なけんしょう炎を持っていることは知られていたが、ドアノブを回すのもペットボトルの水の持つのも辛く、「腱が半分切れている」といい、症状はかなり深刻なようだ。 だが、彼はどんな苦難が訪れようと、決して音楽からは身を引かない。 X JAPANとして今年末から約20年ぶりとなる日本ツアーを皮切りに世界ツアーを行うことを発表し、今年中に発売予定のアルバムのレコーディングも精力的に行う。 ワールドツアーは2015年から16年にかけて結構長いツアーになりそう。 僕たちも、すごくテンション上がってます」と楽しげに話す。 しかも、彼が生み出す楽曲は、常に進化し続けているのだ。 2009年に頚椎椎間孔切除手術を受け、活動を休止した際も「Xの解散やHIDEがいなくなったときの痛みに比べたら100分の1。 耐えられる」と前向きだった。 この音楽に対する情熱には本当に脱帽する。 体に不調があろうと一切妥協しない。 その姿勢が常にヒット曲を生み出す要因になっていると思う。 一方で、本当にファンとバンドを大切に思っている。 常にメンバーを気にかけ、カリスマ的存在でありながら、礼節もしっかりわきまえている。 天皇陛下御即位十年記念式典の奉祝曲や米ゴールデン・グローブ賞のテーマ曲を手掛けるなど、1人でも十分活躍できて気楽であろうに、バンドの話をしているときが一番真剣でキラキラしている。 昨年10月の米マディソン・スクエア・ガーデン公演の撮影の際も、「みんな寒くない?」「TOSHIはのどの調子どう? 大丈夫?」などと心配し、公演後には、取材に訪れた記者たちに開口一番「遠くまで本当にありがとうございました」と深々と頭を下げ、その後には、記者の誕生日を覚えてくれていて、ケーキでお祝いまでしてくれた。 また、常にファンのことを口にする。 先日のイベント後も「ファンを心配させちゃったかな」と心配していた。 他にも「ファンの皆さんがいてくれるのが支え」「ファンの皆さんがいてくれるからこそ今がある」「きょうは寒いからファンの人たち大丈夫かな」など数知れず。 写真撮影は公私問わずに笑顔で応じ、表舞台に出ていないときにも自然と言葉に出る。 ライブ会場前に並ぶファンを心配して、ホットチョコレートやピザを差し入れしたこともあった。 このような思いやりの心がしっかりとバンドメンバーやファンに伝わっている。 だからこそ、演出や音楽に関して一切妥協しない彼に、メンバーは付いてくるし、さまざまな困難があろうともファンは離れない。 もちろん、その根底にはYOSHIKIが生み出す素晴らしい音楽があるのだが、それだけではない彼の人間性を、久しぶりにイベントで垣間見た気がした。 「僕から音楽をとったらなにも残らない」と力強く語るYOSHIKI。 今後、彼がどう成長を遂げるのか、ツアーが始まるのが楽しみで仕方がない。 その同席者がハリウッド俳優マシ・オカを始め豪華だと話題になっている。 YOSHIKIは著名人らとのディナーを過ごしたようで、写真と共に一部同席者の名前も公開。 コメント欄には「マシオカさんだ!すごいメンバー!」「超VIPな会食ですね」「もうYOSHIKIさんにとって、世界は小さいのかもしれないですね」といった驚きの声が上がっている。 「関西コレクション」に出演するToshl(X JAPAN)【モデルプレス】25日にシングル「群青の夕紅れ」をリリースし、4月29日にはDINE&CONCERTが決定しているToshl(X JAPAN)が関コレに登場。 世界を魅了する歌声を京セラドームに響き渡らせる。 2011年2月に誕生した同コレクション。 9回目となる今回は、『Love Is The Answer』をテーマにファッションショーやアーティストライブなど様々なコンテンツを展開。 男女100名以上のモデルやアーティストが出演し、ランウェイを華やかに彩る。 この映画はhideの「音楽」「人間性」「精神世界」にフォーカスを当てたドキュメンタリー作品。 今回の映像ではステージ、楽屋などで撮影されたhideの貴重な映像や写真とともに、彼の人物像などを語る関係者のコメントをダイジェストでチェックできる。 なおトレイラー公開にあわせて、同映画のオフィシャルTwitterアカウントが開設された。 このアカウントでは映画にまつわる最新情報が随時発信される。 hide 50th anniversary FILM「JUNK STORY」トレーラー. 過去の放送では、女性ライターがX JAPANの言動を紹介したものの、事実と異なる点などがあるとしてYOSHIKIがツイッターで「少し傷つきました」と不快感を示していた。 番組に出演したToshlは冒頭で、この件に触れて「(番組を)拝見しました。 YOSHIKIから連絡がありました。 更に、ファンの方も知らないようなX JAPANの知らなきゃ良かったを言ってこい、と(言われて出演した)」と語った。 そのToshlが語った「知らなきゃ良かった」エピソードは、「カッコいいはずのX JAPANのライブで恥ずかしい失敗をしています」というもの。 本人も「あまり話したくない」というライブでのToshlの失敗談だった。 また番組では、2008年の再結成ライブにも話がおよんだ。 X JAPANのファンだという、よゐこの濱口優が「前回の放送では3時間押して、内容は40分だったというものでしたが、実際には」と質問を投げかけると、Toshlは「ライブは2時間ぐらいやりました」と否定。 開演が遅れた時間は2時間ぐらいだったと改めて説明し「(開演時間が遅れた原因は)機材遅れ、と次の日、記者会見でYOSHIKIが説明したんですけど、実は大変な事がありまして」と真相を切り出した。 同公演では、1998年に亡くなったHIDEさんと一緒のステージに立ちたい、というメンバーの強い思いのもと、当時は最先端だった映像技術を米国から取り寄せ、3D映像(ホログラム)を使ってステージ上にHIDEさんを浮かび上がらせる演出を行った。 しかし、初めての技術などもあって映像装置の調整に時間を要したと説明。 更に「お客さんを待たすわけにはいかないですし。 YOSHIKIがどうしても今回は申し訳ないけど、HIDEと一緒に立とう。 俺が(責任を)被るから」と語っていたことを明かした。 その舞台裏を聞いたスタジオからは驚きの声とともにYOSHIKIの男意気に感銘を受けた様子ようだった。 今回の放送では「カッコいいはずのX JAPANのライブで恥ずかしい失敗をしています」について告白。 トークでは、YOSHIKI伝説に話がおよび、これまでに語り継がれている伝説についてToshlが回答する場面があった。 このうち、「カレーが辛過ぎて帰った」「シャワーが熱すぎて帰った」という伝説についてToshlは「事実です」と認め、「温度調整が壊れていたみたい」とその理由を語り「色々な尾ひれはひれもつきますけど」と苦笑いを浮かべた。 この伝説は過去に、他局の音楽番組でYOSHIKI自らが認めていた話だが、改めてToshlが口にしたカタチだ。 一方、Toshlとはデビュー前からの知人だったという中山秀征は、数々の金字塔を打ち立てたX JAPAN伝説を紹介。 1992年に日本人アーティストでは史上初の東京ドーム3DAYSライブを行ったことや、2014年の横浜アリーナ2DAYSはチケットの一般発売は1秒で完売したことなどを紹介した。 番組は、「知らなきゃよかった…」と題し、さまざまなジャンルの専門家が業界の秘密を暴露するという企画を放送。 ゲストのToshlは、X JAPANの過去のエピソードを語り、hideがメンバー入りした経緯も口にした。 Toshlによれば、昔は居酒屋などでライブの打ち上げがあると、若手のバンドマンも押しかけ、「ライブの客より打ち上げのほうが多人数」となることもあったという。 土田晃之が「打ち上げなどで対バンしたバンドから引き抜きするウワサをよく聞く」「hideさんとかも、もともと横須賀(横須賀サーベルタイガーというバンド)だったんですもんね?」とToshlに尋ねた。 当時、hideがいたバンドのほうが有名だったそうだが、ToshlとYOSHIKIはライブでのhideのパフォーマンスを観て、どうしても自分たちのバンドに欲しいと感じたそうだ。 そこで打ち上げ会場の居酒屋で、ふたりはhideの隣に座り、hideのバンドメンバーがいる前でYOSHIKIが「ウチのバンド入ってよ」と勧誘したのだという。 スタジオの出演者たちは「よっちゃん」という呼び名にも驚き、中居正広も手を叩いて笑っていた。 同月10日に放映された内容にYOSHIKI自身が「傷つきました」と話したことについて、この日は「連絡がありました。 さらにファンも知らないようなX JAPANの知らなきゃ良かったを言ってこい」と送り出されたことを明かしながらも、ToshI自身は「あまり話したくない」と苦笑いだった。 1度や2度の失敗はあるというToshIは、1991年8月23日に行った初めての東京ドーム公演で、「モニターに足をかけて決めポーズをして歌っていたときに、パンツのお尻の部分が破けてしまった」と明かした。 すごく気合が入っており、いつもより角度を上げつつ、足を上げて開いていたと状況を説明しながら、「気合入れろー」とか言っていたときに革パンツが破れたという。 「いった瞬間に感触でわかるんですね」と話すと、たくさんのカメラがある中で、見えないようにしていたが、「足を上げて歌うのが決めポーズ。 どうしてもやらなくてはいけなくて、やるたびに少しずつ(裂け目が)上にいくような雰囲気。 どこまで自分の足を上げていくのか、そしてそれが割れるのか。 そことの闘い」と話すとスタジオは爆笑。 YOSHIKIのほうを振り返ったというToshIは、「ケロっとして、笑っていました。 たぶん気づいていた」と苦笑い。 客にはバレてはいないと言い切るも、もしバレていて「言われても肯定はしない」ときっぱり。 今回の出演を前にYOSHIKIから、デビュー当時に行なった山形でのライブで「ライブ中、チャック開いてたじゃん」と失敗談をさらりと突っ込まれたそうで、ToshIは「よくそんなことYOSHIKIは覚えていたな」とあきれ気味。 それでも「途中で気づいてあげたと思います」と振り返ると、ドラムソロなどのときに「いつもチェックしていた」と明かした。 これにMCを務める中居正広(SMAP)はToshIの決め台詞である「上脱げ」の絶叫を引用しながら、「上脱げー。 下閉じろー」とちゃかすとスタジオは笑いの渦に。 ToshIは必死に笑いをこらえていたが、中居は「こらえなくてもいいんですよ」とダメ出しを受けてしまった。 YOSHIKI ・ブランド立ち上げへ.. 国内ツアー明かしたYOSHIKI・ブランド立ち上げへ 昨年、4年ぶりに行った2日間の単独ライブ公演で、2万2千枚のプラチナチケットが1秒で完売するなど、最近もなにかと話題のX JAPAN。 リーダーのYOSHIKIをはじめ、ボーカルのToshiなどメンバーの言動に熱狂的なファンはもちろんのこと、国内外のマスコミも常に注目している。 そんな中、YOSHIKIが20年ぶりの国内ツアーを実施する計画。 また、新ブランド立ち上げを計画していることなどを明かした。 20年ぶりに国内ツアーや新ブランド立ち上げ 都内で開催されたメルセデス・ベンツ・ファッションウィークのオープニングイベントにサプライズゲストで登場したYOSHIKI。 その中で、今年の時期は未定だが、20年ぶりに国内ツアーを実施する計画を明らかにした。 さらには、10月のファッションウィーク会期中に新ブランド「YOSHIKIMONO」のコレクションを発表すると語った。 これまでも、ハイファッションジュエリーブランド「YOSHIKI JEWELRY」や音響機器のプロデュース、ハローキティーとコラボした「Yoshikitty」など、音楽活動そのものとは別に、デザインやプロデュースを手がけてきたYOSHIKIに、新ブランド立ち上げについて話を聞いた。 ようやく本格的にデビューできる環境が整い、いままさに色々なことが進行しています。 もともと僕は、呉服屋の長男なんですが、残念ながら僕の代で止まっていたんですね。 それを、ここでまた復活できればという想いもあります。 母はもちろん、いつも着物をきていたし、生活のなかに着物が常に身近にありました。 僕は昔から、ビジュアル系バンドとしても、ファッションには非常にこだわってきましたし、『飾る』タイプのミュージシャンです。 薔薇モチーフやクロス、スカルモチーフが好きなので、新ブランドでもそういった要素を反映させられればと思っています。 例えば、その服や着物を着た瞬間に、外見ではなく、そこから醸し出す生活やその人らしさだったり・・・ライフスタイルもふくめて、ファッションだと思います。 流行に左右されないことも、一つのスタイルですが、僕は、流行を取り入れつつも、自分の信念とスタイルを取り入れています。 YOSHIKIMONOでは、そういった部分を表現できればとおもっています。 音楽もそうであるように、国籍に関係なく良いものは伝わると信じています。 これから具体的な構想を練ることになりますが、10月は演奏をしながらファッションショーをやったらどうかな・・・とかいろいろと考えているので、楽しみにしていてください。 言うのは簡単。 小室は、ファンからの「小室ファミリーとつんくファミリーで『YOU ARE THE ONE』のような作品を作ったらものすごいコラボレーションになりそうですね」というツイートに答え、「YOSHIKIファミリーも一緒に。 言うのは簡単。 カタチにしよう」と意気込みを伝えた。 tsunkuboy さん、頑張ってください。。 日本の音楽シーンに多くの影響を与え続けてきた3人の音楽家たちの共演は実現するのか。 (2015-04-07 Yahoo! YOSHIKIはミュージシャンとしては唯一のゲストスピーカーとして登場したもので、天皇陛下御即位十年奉祝曲「Anniversary」をカルテットをバックにピアノでプレイ、会場の1500人に及ぶ経済人を魅了、その後に仲よき友人としてジョン・ルースを紹介し、ステージでトークセッションを行った。 テーマは「グローバルに戦うこと」で、ルース氏の視点からYOSHIKIに様々な質問をする対談形式で進められ、ディスカッションは全て英語で行われた。 YOSHIKIはその中で音楽マーケットの将来はストリーミング。 バックステージではIPS細胞の研究で2012年にノーベル生理学・医学賞を受賞した山中教授と歓談を楽しむ姿が見受けられた。 今回で3回めを迎えた<新経済サミット>は、様々な見識者による講演が行われているが、ミュージシャンの登壇と演奏という異例なセッティングに、大きな注目を集めていた。 今日のYoshikiさんの様子を中継されます。 前駐日米国大使でありルース・グループCEOのジョン・ルース氏と「グローバルと戦うこと」をテーマにしたディスカッションを行った。 YOSHIKIの登場前、X JAPANおよびYOSHIKIが日本を飛び出して海外でも活躍していることを紹介するムービーが上映された。 その後ステージに姿を見せたYOSHIKIは「今日はピアノもあるので、ルースさんと対談する前に1曲披露したいと思います」と話してから、ストリングスカルテットを率いて「天皇陛下御即位十年をお祝いする国民祭典」のために制作された奉祝曲「Anniversary」を演奏。 楽曲のクライマックスでは腕を突き上げた瞬間にサングラスがはずれてしまい、「気合い入りすぎてサングラス落ちちゃった」と思わずはにかんでいた。 ピアノ演奏後、YOSHIKIはルース氏をステージに招き入れる。 ルース氏は駐日大使として日本に滞在していた時期にX JAPANのライブを観覧したことがあり、ファンとともにXジャンプを楽しんだと話しつつ、その場でもXジャンプを行って会場を沸かせた。 続くディスカッションではYOSHKIが音楽業界におけるテクノロジーの進化について言及。 彼は「音楽業界は今、決してハッピーではない。 20年前とすっかり変わりました。 50年ほどの間にレコードからCD、そして今は配信がスタンダードになりつつあるが過去の収益を越えるようなストリーミングサービスはまだ実現できていない」と話していた。 ルース氏はアーティストであり企業家でもあるYOSHIKIに対してどのような戦略で活動をしているか質問。 これについてYOSHIKIは「自分自身をブランディングすることが大切。 またルース氏は「YOSHIKIはもう20年近くアメリカで生活しているが、日本ではその前からスーパースターだ。 日本におけるボノ(U2)のような存在だと思うし、X JAPANは日本のThe Beatlesと言っても過言ではない」と賞賛。 続けてアメリカのニュース番組でYOSHIKIのインタビューを観た際に、「なぜアメリカに来たのか?」という質問に対してYOSHIKIが「なぜしないの?(Why not)」と答えていたことを触れる。 これについてYOSHIKIは「本当にタフでなければ手に入らないチャレンジであった」と語ったほか、海外進出する前から海外に比べて日本や自身の音楽が劣っているとは思っておらず、「絶対にうまくいく」と思い続けていたと話した。 そして渡米時は英語をあまりうまく話せなかったが、アメリカのスタジオでレコーディングをした際に英語でコミュニケーションが思うように取れなかったため、まずは英語の勉強をひたすら努力したというエピソードを続けて披露した。 イベントの最後にはステージに楽天株式会社の三木谷浩史社長が招かれ、3人でXポーズを決めるなどしてトークを終えた。 その勇気を僕らがシェアして、みんなで前に進んでいけたらいいなと思ってます」と話していた。 活動拠点を米国に移したことを「ここで生き残れるかテストだった。 自分に呪文をかけてタフなYOSHIKIをイメージした」と、約20年前の渡米を振り返った。 X JAPANはアルバムとシングルを合わせて3000万枚の売り上げを誇り、全世界にファンがいることなどから、ルース前大使は「日本のビートルズ」などと絶賛。 これには「過大評価をされている。 私はスーパースターじゃない」と謙遜し、「YOSHIKIというキャラクターブランドを作っている」などと話した。 また、イベントの冒頭ではピアノの前に座り、天皇陛下御在位10周年奉祝曲「Anniversary」をアレンジを変えて披露。 あまりに熱の入った演奏で、トレードマークのサングラスを飛ばしてしまい、慌ててかけ直すシーンもあった。 これには「気合が入りすぎた」と苦笑した。 「自分でいえば、(ピアノを弾く)腕を失うようなもの。 心から声援を送りたい。 応援します」と話した。 YOSHIKIは「ボーカリストが声を失うのは、自分でいえば(ピアノを弾く)腕を失うようなもの。 本当に心が痛みました」と沈痛な表情に。 「心から応援したいと思いますし、そうやって生きる道があるのは素晴らしいこと。 その勇気を僕らがシェアして、皆で前に進んでいけたらいいなと思っています」とメッセージを送った。 同イベントでは「グローバルに戦うこと」をテーマとしたディスカッションに参加したほか、天皇陛下御即位十年記念式典の奉祝曲「Anniversary」をピアノ演奏。 熱が入りすぎて途中でサングラスが飛んでしまうハプニングがあり、「気合入りすぎてサングラス落ちちゃった」とハニかんだ。 同グループの代表曲「Forever Love」を歌唱することが10日、発表された。 「Forever Love」は1996年にリリースされたグループ14作目のシングルで、リリースから10年近く経過した現在もファンの間で語り継がれている名曲。 25日にシングル「群青の夕紅れ」をリリースし、4月29日にはDINE&CONCERTが決定しているToshl(X JAPAN)が、世界を魅了する歌声を京セラドームに響き渡らせる。 「新経済サミット」は2013年4月、新経済連盟初となる大型の主催イベントとして開催し、今回で3回目の開催となる。 昨年の「新経済サミット2014」より開催日を2日間とし、主に日本国内の政官財界関係者、経営者、起業家、社会人・学生など、2日間で延べ3000名が参加した。 今回のテーマはより広く、IoT、シェアリングエコノミー、サイバーセキュリティにロボット、教育現場でのイノベーションやビットコインなど、昨今話題となっている分野が並んだ。 音楽ストリーミングサービス「Tidal」での自身の楽曲配信を否定したとする一部報道に対し「販売しないなんていっていません!」と反論。 YOSHIKIの反論を受け、同記事は謝罪して訂正した。 同記事では、東京で開催された今年の新経済サミット(NES)に出席したYOSHIKIが現状の音楽ストリーミングサービスに問題点もあるとして「Tidalでは販売しない」と語ったとする発言を記載した海外記事を和訳して紹介していた。 この報道を受け、YOSHIKIは「何これ、もう少しきちんと和訳して記事を書いたらどうですか?販売しないなんていっていません!」と反論。 さらに発言の和訳について、元の海外記事を引用し、「Yoshikiの英会話1(笑)この記事の見出しに書かれている.. ロックスターは必ずしもその事に納得していない、確信していない.. の用に訳すべきです!」と訴えた。 2015-04-10(RBB TODAY) - Yahoo! 業界初! ミュージックビデオもカラオケ背景映像として投入 株式会社第一興商(東京都品川区 代表取締役社長 林 三郎)は、4月16日に発売する通信カラオケDAMの最高位機種「LIVE DAM STADIUM」に、日本が誇る人気ロックバンド「X JAPAN」の「まま音」12曲とミュージックビデオ8本をカラオケ背景映像として投入します。 X JAPANは、昨年メジャーデビュー25周年を迎えた人気ロックバンドアーティストです。 昨年、国内の単独公演としては4年ぶりとなるライブが横浜アリーナで開催され、その健在ぶりを見せつけました。 先日X JAPANのリーダーであるYOSHIKIが、20年ぶりとなるファン待望の日本ツアー開催について「やります。 」と明言したことで、大きな話題となりました。 4月16日発売のLIVE DAM STADIUMに「まま音」として投入するのは、1997年の解散時に開催された伝説のラストライブ「THE LAST LIVE〜最後の夜〜」から7曲、さらに1993年の12月に東京ドームで行われた「X JAPAN RETURNS」や今でもファンの中で人気の高いライブ「白い夜」から5曲など合計12曲。 さらに業界初となる「I. 」や「JADE」を含めたミュージックビデオ8曲をカラオケ背景映像に投入します。 今回、LIVE DAM STADIUMでは新機能「ライブサウンド」を搭載。 いままでに体感したことのない3Dサウンドがライブ会場の熱気や興奮までをリアルに再現します。 X JAPANを代表する名曲が臨場感ある迫力のあるサウンドで体感できます。 配信楽曲は以下の通りです。 1319-33 WEEK END X JAPAN RETURNS まま音 ver. 1319-34 X THE LAST LIVE まま音 ver. 1319-35 ENDLESS RAIN THE LAST LIVE まま音 ver. 1319-36 紅 KURENAI THE LAST LIVE まま音 ver. 1319-37 Silent Jealousy X JAPAN RETURNS まま音 ver. 1319-38 Say Anything 白い夜 まま音 ver. 1319-39 BLUE BLOOD X JAPAN RETURNS まま音 ver. 1320-23 DAHLIA THE LAST LIVE まま音 ver. 1320-26 Tears X JAPAN RETURNS まま音 ver. 1320-27 Forever Love THE LAST LIVE まま音 ver. 1320-28 Rusty Nail THE LAST LIVE まま音 ver. 1320-29 Longing〜跡切れたmelody〜 THE LAST LIVE まま音 ver. 1320-34 CRUCIFY MY LOVE ビデオクリップバージョン 1320-35 JADE 1320-36 SCARS ビデオクリップバージョン 1320-37 Tears ビデオクリップバージョン 1320-38 Forever Love ビデオクリップバージョン 1320-39 Rusty Nail ビデオクリップバージョン 1320-40 I. 大歓声に包まれながら黒ジャケットにスカル柄のストールを巻き、ステージに登場したToshl。 「会いたかったぜー!京セラドーム」と叫び、ギターをかき鳴らしながら「群青の夕紅れ」を披露。 会場中に美声を響き渡らせた。 MCでは「久しぶりのライブ」と切り出し、「また次回はX JAPANとしてもソロとしても大阪でコンサートやりたいです。 そのときまたお会いしましょう」と約束し、ラストにピアノ弾き語りでX JAPANの代表曲「Forever Love」を披露。 観客をうっとりさせたToshlは、惜しまれながらもライブを終了させた。 9回目となる今回は、「Love Is The Answer」をテーマにファッションショーやアーティストライブなど様々なコンテンツを展開。 藤井リナ、木下優樹菜、倖田來未など男女100名以上のモデルやアーティストが出演し、ランウェイを華やかに彩る。 このイベントの夜の部の模様がニコニコ生放送で生配信される。 夜の部は「VOICE OF THE LIGHTNING〜全身全霊でToshlが叫ぶ夜〜」と題し、昼の部「VOICE OF THE SHOCKING〜透き通るToshlの心と歌声の世界へ〜」とは異なるセットリストを用意。 Toshlは自身のソロ曲はもちろんのこと、X JAPANのナンバーやカバー曲も披露するとのことなので、会場に足を運べない人は配信をお観逃しなく。 ライブ生中継は18:45よりスタート。 17:15から中継開始時刻までは、3月に行われたニコニコ本社でのToshl特番が再配信される。 なおライブ生中継の後半はニコニコ動画のプレミアム会員のみ視聴できる。 多くの献花に囲まれたHideの墓に、一杯のシャンパングラスを置いている様子が映し出されている。 YOSHIKIは8日に行われた「新経済サミット2015」への出席などのため帰国した際、1998年に亡くなったhideさんの墓参りを行った模様だ。 写真は「まだ日本にいるよ。 hideに会いに行った」というコメントと共に投稿された。 現在、体調があまり思わしくないと語るYOSHIKIだが、X Japanとして約20年ぶりに日本ツアー、さらにニューアルバムレコーディングを控えるなどハードなスケジュールが続く。 同写真には多くの「Like」と共に、「彼とどんな話をしたのかな?体には気を付けてね!」「YOSHIKIさん無理せずゆっくり休んでください!! 」と気遣うとともに、hideとの思い出を偲ぶコメントがファンから寄せられた。 X JAPANのYOSHIKI登場で幕を開けたMBFWT。 渋谷を舞台に繰り広げられた怒濤の一週間に完全密着する。 オープニングを飾った注目の「スレトシス」(SRETSIS)をはじめ、13年ぶりにショーを披露した「タケオキクチ」(TAKEO KIKUCHI)、「ケイタマルヤマ」(KEITA MARUYAMA)など、大物ブランドが続々登場する。 さらに、東京モードを世界に発信する「TOKYO FASHION AWARD」の受賞者、「サルバム」(SULVAM)や「ディーティーティーケー」(D. K)、「ファセッタズム」(FACETASM)、「ファクトタム」(FACTOTUM)、「リトゥンアフターワーズ」(WRITTENAFTERWARDS)、「ジョン ローレンス サリバン」(JOHN LAWRENCE SULLIVAN)による型破りなショー、渋谷をファッション一色に染め上げたイベントSHIBUYA FASHION WEEK、東京ニューエイジなど、東コレを満喫するイベント全てが詰まった充実の内容だ。 2015-04-19 WWDJAPAN. 人気急上昇のスレトシス、さらなるエレガンスを極めたファセッタズム、そしてケイタマルヤマや、タケオキクチといった大物ブランドまで、続々参戦。 他にも、東京モードを世界に発信する新たな才能達の型破りなショーなど、イベントも完全網羅。 クリエーターとして、プロデューサーとしても「成功者」であるYOSHIKI氏ならではのテクノロジーに対する視点と提言、メンタルモチベーションや英語習得の重要性といったメッセージの数々は、ビジネスパーソン必見の内容です。 全編英語で進んだセッションのテーマは「グローバルに戦うこと」。 聞き手は、YOSHIKIと親交がある前駐日米国大使ジョン・ルース氏が務めました。 セッションの主な内容をまとめました。 ストリーミング主流の音楽産業は「ハッピーではありません」 ルース:まずは、今回のサミットでも多く語られている技術のトレンドについてお聞きします。 テクノロジーによってすべての業界が変わってきていますよね。 医療に輸送分野、教育、農業、金融サービス...... そして音楽業界も。 テクノロジーが音楽業界に与えるインパクトをどうお考えですか。 YOSHIKI:音楽産業は今のところ決してハッピーではありません。 この50〜60年程でLPからCD、ダウンロード、そして今は、SpotifyやGoogle Play Musicといった企業による配信サービスが盛んになりつつあります。 将来、ストリーミングがスタンダードになっていくのは間違いないでしょう。 一方で、現段階ではストリーミングだけでは十分な収益を得ることができていません。 そこで、私はこう考えているんです。 ISPが今までよりも少しばかり多くお金を多く徴収し、その利益の一部をコンテンツホルダーに割り当てるようなモデルができないかと。 これは音楽業界だけではなく映像を始めとする他分野も言えることです。 税金を徴収するという形ではなく、将来に対する投資として考えることができるのではないでしょうか。 いろいろな人の貢献がなければ、音楽というのは生き残ることができないですからね。 もちろんビジネスではあるわけですけれど、私たちはクリエイティブな文化、芸術というものを追及しているわけですから。 ハローキティともコラボ、YOSHIKI流ブランディング術 ルース:YOSHIKIはミュージシャンであり、作曲家であり、プロデューサーであり、起業家でもあるわけですが、どのように個人戦略を考えているのですか? YOSHIKI:自分にとって一番重要なのはやはり音楽です。 そのための自分なりのブランドづくりが大切だと思っています。 今のところなんとか成功しているわけですが、やはり時間はかかります。 ハローキティとのコラボである「Yoshikitty(ヨシキティ)」もその一つですが、「YOSHIKI」というキャラクターのブランドを作り上げているわけです。 ルース:あなたはもはやグローバルブランドですよね。 ハローキティのように自身のクレジットカードもあるし、(プロデュースする)レースカーもある。 実にいろいろなことをやっていて、ブランドづくりで成功している。 多くの起業家やビジネスマンは、グローバルブランドづくりのノウハウに関心を持っています。 、PATA、J、kyo、Tetsuら出演 5月23日より全国公開されるhide初のドキュメンタリー映画「hide 50th Anniversary FILM『JUNK STORY』」の出演者が発表された。 この映画はhideの「音楽」「人間性」「精神世界」を紐解いていくドキュメンタリー。 佐藤太が監督を務めており、hideを知る関係者へのインタビューや秘蔵映像などで構成されている。 今作にはhideの共同作業者であったI. や、Spread Beaverのメンバー、LUNA SEAのJ、D'ERLANGERのkyoとTetsu、X JAPANのPATA、ZEPPET STOREらに加え、HEADWAX ORGANIZATION代表取締役でhideの実弟である松本裕士氏や、サンクレイド代表取締役兼COLORのボーカリストであるDynamite Tommyといったhideと関わりの深い人物が多数出演。 また作中にはhideの光と影の二面性を表現すべく生み出されたオリジナルキャラクター「白hide」「黒hide」も登場する。 なおhideの命日にあたる5月2日、神奈川・CLUB CITTA'にてフィルムライブ「hide FILM ALIVE〜hide Memorial Day 2015〜」が開催される。 当日はフィルムライブのほか、鮎貝健、佐藤監督、I. による「JUNK STORY」のトークイベントが行われる。 この映像はYOSHIKI(Dr, Piano)のYouTube公式チャンネルにて公開されたもの。 X JAPANはこのライブをもって解散したが、約10年後の2007年に再結成を果たした。 なおX JAPANは世界ツアー、ニューアルバム、ドキュメンタリー映画など今後さまざまな展開を予定している。 ファンはこれらの詳細発表も楽しみにしておこう。 また俳優の塚本高史が同映画のナレーションを担当することが発表された。 これはhide命日にあたる昨日5月2日、神奈川・CLUB CITTA'にて開催されたフィルムライブ「hide FILM ALIVE 〜hide Memorial Day 2015〜」の上映前に行われたトークイベントで明かされたもの。 このトークイベントには「JUNK STORY」でメガホンを取った佐藤太監督、hideの共同作業者であるI. 、MCの鮎貝健が参加した。 佐藤監督はYOSHIKIにインタビューをしたことについて「hideさんのことをいろいろ話していただけたので、とても有意義な時間でした」と話し、塚本高史をナレーターに選んだ理由として「塚本高史という俳優にまず僕は興味があった。 そして何よりもhideさんのことを大好きな方にナレーションをしてもらいたくてオファーしました」と説明した。 またトークイベントの冒頭、佐藤監督は「hideさんの大切な日までに映画を完成させようと思って、がんばりました」と話し、数日前に映画が完成したことをhideファンに報告。 また「hideさんは何年経っても色褪せない存在だと思っている」と述べてから「この映画はhideさんを中心としたいろんな方々の群像劇である」と映画の内容について言及。 は「僕らhideの仲間が観ても感動するし、お客さんが観てもいい映画だって思えるはずです」と太鼓判を押していた。 映画の制作時の苦労話に話題がおよぶと、佐藤監督は「hideさんを愛してる方々ももちろんですが、hideさんのことをこれから知るであろう人にも観せたいなと思っています。 hideさんの歴史を追体験することと、未公開映像などhideさんの知られていなかった一面を紹介するバランスを取るのに苦労しました」「hideさんのスタッフの方が残してくれた映像が約1000時間あったので、まとめるのも大変でした」と語った。 そしてI. は「監督とはミーティングしたり酒を飲みに行ったりいろいろしてきました。 僕自身は映画でインタビューを受けたことで、まだ表に出ていなかったhideちゃんへの思いが自分の中で再確認できました」と述べた。 今秋にhideさんの生誕50周年を記念したトレジャーブック「hide Perfect Treasures」(トレジャーパブリッシング)を発売することも発表された。 hideさんの人生を追体験できる貴重な内容。 詳細は公式サイト。 SUGIZOは「また5月2日がやってきました」と書き出すと「あなた達がいなくて本当に寂しい。 今、世界は混迷の中にあります。 あなた達がいてくれたら…何を発信してくれていたかな」と胸の内をしたためた。 更に、「hideさん。 清志郎さん。 どうか俺達の向かう先を照らしてほしい。 これからも。 敬愛を込めて... 」と哀悼の言葉を添えた。 忌野は2009年に58歳で、hideさんは1998年に33歳の若さで亡くなった。 両名の命日であるこの日は、追悼ライブなどが開かれ、渋谷公会堂では『忌野清志郎 ロックンロール・ショー』と題し、井上陽水、トータス松本、奥田民生、Charたちが参加。 秘蔵映像を交えてリーダー、YOSHIKIが盟友への思いを涙で告白するほか、ナレーションをhideさんファンの俳優、塚本高史(32)が担当する。 突然の死から17年。 伝説のギタリストが銀幕でよみがえる。 イベント冒頭、メガホンを執った佐藤太監督(47)が登場し、「YOSHIKIさんのインタビューが最後に撮れました」と発表すると、会場は耳をつんざくような大歓声で沸き返った。 さらに、スクリーンで映画のダイジェスト映像が初公開され、YOSHIKIが涙ながらに「今の自分がいるのはhideのおかげ。 hideという物語、Xという物語は、まだ進行形」と語る姿が映し出されると、もらい泣きするファンの姿もあった。 「JUNK STORY」は、hideさんの生誕50周年を記念して昨年の命日に製作を開始。 YOSHIKIをはじめ、弟で芸能プロダクション社長の松本裕士氏やソロプロジェクト「hide with Spread Beaver」のメンバーら約20人が出演し、hideさんの音楽や人間性に迫った125分に及ぶドキュメンタリー映画だ。 生前のステージ映像はもちろん、幼少期の写真や高校時代に結成したバンド「横須賀サーベルタイガー」の映像など、秘蔵写真や映像も随所に盛り込まれる。 さらに、hideさんの大ファンと公言する塚本がナレーションを務めることも発表された。 佐藤監督は「1000時間に及ぶhideさんの映像を2時間にまとめるのが一番大変だった」と苦労を明かし、「単純なドキュメンタリーというよりは、縁のある人々のインタビューが入って、hideさんの群像劇的な内容になった」と自信をみせた。 今もなお、多くのファンから支持を得るhideさん。 生誕50周年の節目の年に新たな伝説が生まれる。 生誕50年を迎えたこともあり、会場には髪の毛をピンク色に染めるなどした熱烈なファン2000人が集結。 ドキュメンタリー映画「JUNK STORY」(23日公開)の全貌が明かされ、会場は興奮ムードに包まれた。 「TELL ME」や「ROCKET DIVE」などのヒット曲を歌う生前のhideさんが巨大スクリーンに映し出されると、ファンはその映像に向かって拳を突き上げて歓声を送った。 hideさんの死後、毎年開催されているフィルムライブ。 今年は生誕50年のメモリアルイヤーとあって、ファンの熱気も例年以上だ。 冒頭、hideさんと親交が深かったミュージシャンのINA(50)が登場。 生誕50年記念映画「JUNK STORY」の全貌を、佐藤太監督(47)とともに明かした。 hideさんの半生を、関係者約20人のインタビューを交えて描く作品で、一足早く視聴したINAは「感動して、頭が痛くなるぐらい泣いた」と感想。 X JAPANのYOSHIKI(年齢非公表)もインタビューに応じており、「今、自分がいるのはhideのおかげ」と涙声で話すシーンが一部紹介された。 ナレーションは、hideさんの大ファンを公言する俳優の塚本高史(32)が担当。 佐藤監督は「hideさんを中心とした群像劇。 1000時間の映像から2時間にまとめるのが大変だった」と話し、ファンからは「絶対見る」「楽しみ」と期待する声が上がった。 関係者によると、hideさんのX JAPAN加入時の秘話が明かされるという。 hideさんは昨年12月13日に生誕50年を迎え、同月、記念企画第1弾として、ヤマハが開発した音声合成技術・ボーカロイドで歌声を再現した新曲「子 ギャル」が発売された。 映画も記念企画の一環で、秋にはトレジャーブックの発売が予定される。 終演時にはスクリーンで「ホログラフィック公演 製作開始」と発表された。 3Dで姿をよみがえらせるホログラムを使ったライブとみられ、会場にはどよめきに似た歓声が広がった。 静かに始まるSE、そしてステージに浮かび上がるドクロ・・・。 沸き起こる歓声と拍手に包まれて登場したのは上下黒のスーツにスパンコールとスワロフスキーのストールにハードレザーのグローブとサングラス姿のToshl。 ドクロマークをバッグに『CRYSTAL ROCK』の世界をピアノの旋律とともに壮大なストーリーを歌い上げていく。 椅子を蹴り上げ、強く、激しく。 生演奏と重なるToshlの情感溢れるボイスに会場の世界が変化していく。 続く『Cherry Blossom』では柔らかなピアノの音色と甘く優しい声にゲストもノックアウト!「トシー!」とあちこちから声援が聞こえてくる。 「皆さん、ようこそいらっしゃいました!今回は久しぶりのコンサート企画です。 食事は美味しかったですか?」 椅子を用意するスタッフに向かって「いいの?」と気遣うオチャメな場面を見せつつ、Toshlのライブの見所とも言えるこのMC、今回もファンの心を揺さぶる絶妙なトークにゲストも興味津々だ。 「次の曲はなんでしょうね。 昼と夜がありますからね。 次は・・・カバー曲です。 この曲は僕の好きなバンドの1つ、イーグルスの代表的なバラード『Desperado』。 日本語にするとならず者という意味なんです。 そろそろ目を覚まして愛されるべき人になりなさい、そんな内容の曲を歌ってみたいと思います。 」 ささやくように伝えると、ピアノの伴奏からスタート。 どこか懐かしさを感じさせるノスタルジックな曲調に思わず心がポッと暖かくなるような歌だ。 Toshlは今この瞬間、どのような気持ちで歌っているのだろうか。 晴れ渡る青空の下、4月29日(水)ホテルニューオータニにて開催されたX JAPANボーカル・Toshlのプレミアムディナーコンサート「DINE&CONCERT2015」にWWSチャンネルが密着取材することが決定。 リハーサルから本番、ファンミーティングに加え、WWSチャンネルだけの独占インタビューを公開していく。 今回開催されたプレミアムコンサートの会場は「鶴の間」。 天井を彩る無数のシャンデリアと1つ1つ丁寧に並べられたフォークやナイフが煌めくテーブルセットがゴージャスな雰囲気を醸し出している。 本番が近づくにつれて会場を行き来するスタッフ達の顔にも緊張感が増していく・・・。 エントランスを抜け、扉を開けてまず目に入るのが会場中央のステージ。 グランドピアノやドラム、キーボードが並んでいる。 ここでToshlが歌うのだ。 ゲストとの距離はとにかく近い!の一言。 この特別な空間はファンならずともテンションが上がると言ってもいいほどの贅沢なものだ。 hideが永眠して17年目の命日となる5月2日に行われたhideメモリアルイベント『hide FILM ALIVE〜hide Memorial Day 2015』にて、 劇場公開を記念し、 【映画「JUNK STORY」公開記念・トークイベント】が行われ、 2回の公演あわせて2,000人のhideファンが集結した。 トークイベントでは、 鮎貝健による司会のもとhide 50th anniversary FILM『JUNK STORY』の佐藤太監督に加え、 hideと長年楽曲を制作してきた共同プロデューサーであり、 今回映画のサウンドトラックを担当したI. をゲストに招き、 映画にまつわる制作エピソードやhideの魅力について語られた。 佐藤監督は、 本作には時間が経ったからこそ分かる喜びや悲しみ、 痛みなどが表現されていると語った。 また、 様々な方々のインタビューを撮影していくうちに、 最初に用意した構成台本通りにいかなくなり、 まず台本を捨てる事から始めた事や、 hideの1000時間ほどある映像素材の中から125分にまとめる事の苦労など、 映画の制作秘話などが語られた。 からは、 改めて本作を通じてインタビューを受けた事で、 hideに対しての想いや、 今まで表に出ていなかった事、 気づかなかった事などが自分の中でも再確認が出来た作品だと語られた。 そして、 トークイベント中に佐藤太監督の口から、 YOSHIKI(X JAPAN)へのインタビューを行い、 映画への出演が決まった事と、 ナレーションに塚本高史を起用した情報など、 初解禁となるサプライズな情報がイベント来場者に対して発表され、 客席からは大きな歓声が沸き起こった。 映画の中では、 YOSHIKIの中に今もなお生き続けているhideという存在の大きさや、 X JAPANの結成秘話なども語られている。 さらに、 トークイベントの最後には、 来場者限定でYOSHIKIのインタビュー映像を交えた本邦初公開となる最新トレーラーが上映され、 ファンは一足早く映画の内容に触れ、 映画への期待感をより膨らませていた。 本イベントでは、『hide クリスタルプロジェクト ホログラフィック公演制作開始』という発表もあり、 詳細はベールに包まれているが、 今後の発表に期待したい。 ミュージシャンや関係者、 友人などhideを知る数多くの人物にインタビューを行い、 hideの「音楽」「人間性」「精神世界」を巡った初のドキュメンタリームービー『JUNK STORY』が、 いよいよ5月23日に全国の映画館にて上映される。 生誕50周年を迎えた、 昨年12月には奇跡の新曲『子 ギャル』をリリースし、 オリコン2位にチャートインするなど、 いまだ色褪せることなく絶大な人気を誇るhide。 hideの2015年現在進行形を追い続けながら、 ミュージシャンや関係者などhideを知る様々な人物のインタビューを新たに撮影。 あえて「台本なし」という異例の撮影方法で制作が行われついに完成。 5月23日(土)より全国50館の映画館にて上映する。 「これは hide のピースを拾い集める旅」1998年5月2日 永眠という突然の出来事。 様々なジャンルを取り込んだ斬新な音楽性。 当時まだ珍しかった野外フェスを敢行した先見性。 そして、 多くの人々から愛される人間性。 あの日、 日本の音楽シーンは大きな財産を失った・・・。 しかし、 17 年が経った現在、 hide のストーリーは続いている。 自然的・必然的に hide の仲間たちが動き出し、 hide が残した「サウンド」と「メッセージ」を後世に伝えるべく様々な活動が展開されているのだ。 本作では、 ミュージシャンや関係者なとど hide を知る様々な人物に新たにインタビューを行い、 あえて「台本なし」という手法で撮影に臨んでいる。 hide のピースを拾い集めた時、 そのパズルは何を語るのか? そこに見えてきた hide の「音楽」「人間性」「精神世界」とは? hide がファンに愛され続けているその理由とは? このドキュメンタリーは、 hideが2015年現在進行形であることの証でもある。 さあ、 「JUNK STORY」と一緒に、 hideを巡る旅へ出発しよう! 【監督コメント】 ドキュメンタリーといえど、 ある程度の台本を用意して撮影に臨んだ。 だが、 撮影を重ねる度に台本という決め事から零れてしまう程、 hideという人間の魅力に振り回される日々。 我々は一度台本を捨てるところから、 hideに近づこうと考えた。 それは正にJUNKを拾い集める作業。 答えはどこにもない。 【作品情報】 タイトル:hide 50th anniversary FILM 「JUNK STORY」 公開日:2015年5月23日 土 上映時間:125分 鑑賞チケット:一律2,500円(税込) 監督:佐藤太 出演:hide、 YOSHIKI(from X JAPAN)、I. 2015年度の投票は5月10日から6月15日まで行われます。 昨年度はキティさんの3連覇を阻止してマイメロディが1位となりましたが、開催30回目という記念すべき年に一番人気となるのはどのキャラなのでしょうか? 今年もエントリーは総勢100組で、初登場のキャラは10組。 ミュージシャンのYOSHIKIさんとキティさんがコラボした「YOSHIKITTY」がいたり、話題の萌えキャラプロジェクト「SHOW BY ROCK」からバンド「トライクロニカ」「徒然なる操り霧幻庵」「クリティクリスタ」が参戦したりと、斬新性で注目を集めたキャラたちが候補に加わっています。 果たして番狂わせは起きるか! 投票は、公式サイトからは1アドレスごと・1キャラクターにつき1日1回まで。 またサンリオ発行の「月刊いちご新聞」6月号(税込216円)の専用ハガキで投じると、好きなキャラが5つ選べる上に1票が10票分に換算されます。 そのほかサンリオショップで無料配布するパンフレットや楽天サンリオzoneからも投票可能。 また公式サイトで投票すると、キャラのエントリー画像やイベント限定画像など全110種類の壁紙から1種類がランダムでもらえます。 ほかにも投票したキャラが1位になると、そのキャラのプレゼント抽選や記念撮影会に参加できるなど、投票の特典がいろいろ用意されています。 投票開始の前夜である5月9日午後8時30分からは、閉園後のサンリオピューロランドを使った前夜祭の様子がUstreamで生中継されます。 11日には公式サイトで初日の投票結果も発表。 最終的な結果が発表される6月27日までイベントを大いに楽しみましょう。 ちなみに今年度のキャッチコピーは「かわいい伝説が、いま生まれる」。 燃える。 」の出演アーティスト第2弾が発表された。 今回出演が明らかになったのは、27日に出演するDEAD END、TOKYO YANKEES、LADIES ROOMと28日に出演するAION、D'ERLANGER、minus - の6組。 LUNA SEAメンバーと親交のある同世代および後輩バンドが中心だった第1弾発表に対し、第2弾では彼らが敬愛するレジェンドアーティストたちが追加された。 LADIES ROOMとTOKYO YANKEESはかつてLUNA SEAとともにエクスタシーレコードに所属した先輩格で、AIONはJ(B)が10代の頃にローディを務めていたバンド。 minus - はSOFT BALLETの藤井麻輝、森岡賢からなるユニットで、1994年にはLUNA SEA、SOFT BALLET、BUCK-TICKの3組で全国5都市にてイベント「LSB」を開催している。 このほかにもRYUICHI(Vo)が多大な影響を受け、SUGIZO(G, Violin)と真矢(Dr)もトリビュートアルバムに参加したDEAD END、INORAN(G)がギタリストのCIPHERへのリスペクトを公言しているD'ERLANGERと、メンバーが愛してやまないバンドばかりが彼らのために集結する形となった。 出演アーティストの第3弾発表は5月11日。 オフィシャルサイトでは同日12:00よりチケットの第2次先行販売を実施する。 LUNATIC FEST. YOSHIKIがデジタルコンテンツのオリジナルキャラクターとして配信されるのは今回が初。 スタンプは現在第1弾として日本語バージョンが販売されており、今年開催することを発表したワールドツアーに向けて英語バージョンの配信も予定されている。 スタンプの種類は全40種類。 マイクを握る姿やドラムを叩く姿など、さまざまなYOSHIKIがデフォルメされたイラストで描かれている。 ファン同士の会話も、YOSHIKIのおかげでさらに盛り上がりそうだ。 YOSHIKIがデジタルコンテンツのオリジナルキャラクターとなって配信されるのは、自身の音楽史の中でも初。 昨年は、世界10か国でソロワールドツアー「YOSHIKI CLASSICAL WORLD TOUR 2014」ならびにX JAPAN WORLD TOUR 2014 として「ニューヨーク・マジソンスクエアガーデン公演」を行い、世界中のファンを魅了してきたYOSHIKIの新たなキャラクターが、世界中のコンテンツ市場をさらに盛り上げる。 今回は、第一弾として日本語バージョンを配信し、今年から始まる世界ツアーに向けて英語バージョンのスタンプの配信も予定しているという。 YOSHIKIがデジタルコンテンツのオリジナルキャラクターとなって配信されるのは、自身の音楽史の中でも初。 昨年は、世界10か国でソロワールドツアー「YOSHIKI CLASSICAL WORLD TOUR 2014」ならびにX JAPAN WORLD TOUR 2014 として「ニューヨーク・マジソンスクエアガーデン公演」を行い、世界中のファンを魅了してきたYOSHIKIの新たなキャラクターが、世界中のコンテンツ市場をさらに盛り上げる。 今回は、第一弾として日本語バージョンを配信し、今年から始まる世界ツアーに向けて英語バージョンのスタンプの配信も予定しているという。 日本中のファンはもちろんのこと、世界中のYOSHIKIファンが喜びそうなアイテムの登場となった。 なおYOSHIKIは、今後も日本のクールジャパン構想に合わせたソフトコンテンツの展開を図っていくという。 今後の展開も楽しみだ。 今回は、第一弾として日本語バージョンのスタンプとなっているが、X JAPANの世界ツアーに向けて英語バージョンのスタンプの配信も予定されている。 YOSHIKIがデジタルコンテンツのオリジナルキャラクターとなって配信されるのは、自身の音楽史の中でも初めてのことであり、この新たな取り組みにより、日本中のファンはもとより、世界中のYOSHIKIファンに向けて、日本のクールジャパン構想に合わせたソフトコンテンツの展開を図ります。 昨年は、世界10か国でソロワールドツアー「YOSHIKI CLASSICAL WORLD TOUR 2014」ならびにX JAPAN WORLD TOUR 2014 として「ニューヨーク・マジソンスクエアガーデン公演」を行い、世界中のファンを魅了してきたYOSHIKIの新たなキャラクターが、世界中のコンテンツ市場をさらに盛り上げていきます。 今回は、第一弾として日本語バージョンを配信し、今年から始まる世界ツアーに向けて英語バージョンのスタンプの配信を予定しています。 配信概要】 スタンプ名称:「YOSHIKI」 【配信開始日】 2015年5月13日 水) 【利用料金】 1セット 40種類 あたり120円(50コイン)(税込) 【スタンプの購入は以下から】 【配信エリア】 LINEが利用できる世界230ヶ国 【コンテンツ配信会社】 株式会社ネオスターズ 【注意事項】 : パケットの通信料はお客様のご負担となります。 「凄い世界」「さすがです」と驚きの声。

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仮面ライダージオウ (かめんらいだーじおう)とは【ピクシブ百科事典】

ティーネージャーフォーエバー 歌詞

概要 [ ] 十代の前半はローティーン : low teen 、半ば頃はミドルティーン : middle teen 、後半はハイティーン : high teen という。 この境目に明確な定義はない。 なお、ローティーン、ミドルティーン、ハイティーンという単語はである。 ティーンエイジャーはからへの移行期であるが、ローティーンはまだ子供の特徴が強く、ミドルティーンは子供の特徴と大人の特徴が半分くらい、ハイティーンは大人の特徴が強いと言われる。 しかし、ローティーンで既に大人の特徴が強い者がいたり、ハイティーンでもまだ子供の特徴が強い者がいるなど、個人差もある。 英語での Teen-ager [ ] では、 Teen-ager は、に-teenのつく13歳から19歳までのを指す。 おおむね・中高生と重なり合う。 英語では、語尾に-teenのつかない9歳から12歳の少年少女を : preteen 、プレティーンエイジャー : preteen-ager と呼ぶ。 13歳から15歳頃の少年は a boy in his early teens、16歳頃から19歳までの少女は a girl in her late teens などと表現する。 ティーンエイジャーの特徴 [ ]• が男性は14歳までに、女性は12歳までに始まる。 女性はから1年後以降になるとに近い体型となり、16歳-18歳頃になると成長がストップし、大人の体型となる。 ティーンエイジャーの時期は、心境が不安定で、悩むことが多くなる。 の形成される時期で、への反抗やをする時期でもある。 に興味を持つため異性問題もこの時期からが多い。 が弱くなり始める。 脚注 [ ]• 第三版. 2016年3月11日時点のよりアーカイブ。 2015年12月6日閲覧。 男性14歳・女性12歳になっても始まらない場合は思春期遅発となる。 大山建司、「」『山梨大学看護学会誌』 2004年 3巻 1号 p. 3-8, , , 山梨大学看護学会• 男性はの発生まで思春期に入っている事に気づきにくい。 (武田薬品工業)・(武田薬品工業)• (、2017年3月閲覧) 関連項目 [ ] ウィキメディア・コモンズには、 に関連するカテゴリがあります。 などしてくださる。

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