挙げ句 の 果て の カノン 弟。 #1 ■スクエアリレイション■(前編)

眼魂(アイコン)タクト! | たくさん増殖しちゃってごめんね。

挙げ句 の 果て の カノン 弟

2018年7月23日(月)漫画『あげくの果てのカノン』完結記念イベント 「ハッピーエンド(もしくは地獄のはじまり)の作り方」が開催されました。 本イベントに登壇されたのは『あげくの果てのカノン』作者の米代恭先生と、話題作『映像研には手を出すな!』作者の大童澄瞳先生です。 おふたりは「月刊!スピリッツ」(小学館)で連載されており、プライベートでもお付き合いがあるとのこと。 に引き続き、終始楽しい雰囲気で行われたトークイベントの様子の後編もお楽しみください。 たとえば物語を考えるとき、自分ひとりで考えるのか、担当編集と一緒に考えるのか、どちらでしょうか。 米代 編集さんと一緒じゃないと物語作りはできないですね。 自分ひとりで考えると、自分でできる範囲でしかやらなくなるんです。 私はひとつのことをぐーっと考えるので、他にも色んな可能性があるはずなのに「普通はこういうことしない」と思ってしまうところを、金城さんが 「そういうのいいから」って言ってくれて。 大童 一刀両断ですね(笑) 米代 そうですね(笑) 「そういうのあんまりおもしろくないから」って軌道修正してくれる時は、やっぱり自分ひとりだとここまで行けないなっていうのを実感します。 編集さんはすごく大事ですね。 ーーーおふたりが物語を作るにあたって、大事にしていることはありますか? 米代 大事にしていること…私はフィクションを観ている時に、よくわからないことが目の前で起きているシーンがすごく好きで心に強く残っていて。 なので読者の方々にも、 目が離せない状況、みたいな感覚を味わってほしい気持ちはあります。 ネームを見返して、そういう部分が足りないと「なんかなー」と思って直したりすることはよくあります。 (第1話)ツバメが考えたメカを 設定から考えていくみどり 大童 『映像研には手を出すな!』の中では、キャラクターたちが物語や作品を作ったりもしているので、そういう部分に自分の反省が活かされたりもしてますね。 米代 質問なんですけど、漫画の中で彼女たちが作る作中劇とかは、どういう風に思いついてるんですか? 大童 うーん… 僕が考える次回作の候補を、作中劇として描いてる部分はありますね。 僕はものすごくSFが好きで、『映像研には手を出すな!』の作品内でキャラクターたちが物語を作っている構造にすれば、自分が描きたい物語をいくらでも登場させることができるので、やりたいことをやってみよう!と思って描いてます。 著者:米代 恭 出版社:小学館 販売日:2016-06-10• 永田町消滅から逃れるためには、23分以内にゼリーの心臓をすべて壊さなければならない事態に陥る。 宗介と初穂は、活発化するゼリーの暴走を食い止める戦いの最中、「修繕」による心の変化で不倫をした行為に対して、それぞれの気持ちに整理をつける。 ふたりの活躍により、永田町は消滅を逃れたが境先輩は消息不明。 一部始終をモニターで目にしていたかのんは、境先輩を忘れるためひとり旅に出る。 月日は流れ、それから10年。 かのんは東京から離れた土地で、友人とカフェを営んでいた。 ケーキを作り、毎日が楽しく、刺激のない穏やかで充実した日々を送るかのんだったが、境と10年ぶりに再会することになる。 長い年月をかけて、忘れたはずの相手が目の前に現れ、かのんの頭の中にはあらゆる妄想が広がるも、現実は違った。 「バッヘルベルのカノン」の一曲が流れるまでは。 ーーー今回の『あげくの果てのカノン』の最終回ですが、読者の方の感想ではハッピーエンドとバッドエンド、両方の意見で分かれていると聞いています。 ちなみに会場の皆さんは、どちらの意見でしょうか? (会場「ハッピーエンド」派が半分程度、「バッドエンド」派は少数) ーーー会場の方の中では、「ハッピーエンド」派が多い印象ですね。 よければなぜそう思うのか教えていただけますか? 会場 ハッピーエンドかどうかは、誰目線かどうかによると思うんですけど、 かのんの目線で見ればハッピーエンドだと捉えています。 ーーー境先輩とはうまくいっているわけではないと思うのですが、どのあたりがかのん目線でハッピーという風に思ったんですか? 会場 ラストの「恋がまた現れた」の部分で、(ふたりの周囲からすれば)またとんでもないことが起こるかもしれないという予感はあるんですけど、かのん本人は多分それが幸せなんだろうなという考えです。 ーーーありがとうございます。 米代さんは今の意見について、どうでしょうか? 米代 意図通り読み取っていただけて、すごくありがたいです。 人によって受け取り方は全然ちがうと思っていて、だからこそさっき答えていただいた見方も嬉しいなと思います。 ーーーでは逆に「バッドエンド」派としての意見を言ってみたい方はいらっしゃいますか? 会場 少し悩むんですけど、かのんが長い期間努力してようやく離れたのに、その期間はなんだったのか、もったいない!と思いました。 境先輩も無精髭が生えたり、輝きを失ってると思うんですけど、現実的に考えて、 その後ふたりが一緒に過ごすって本人たちは幸せかもしれないけど、周りからするとすごくいびつな関係に映るのでは?と…でもそれも美しいです! (会場一同、笑いが起きる) ーーーどうですか?米代さん。 米代 それもすごい正しい意見だと思います。 そういう風に読者の方に見えたらな、と思って描いていたので、すごいありがたいです。 「境先輩に恋をする」こと以外、生きる実感が湧かないキャラクター ーーー大童さんはどっち派ですか? 大童 僕は両方の意見があることを知った上で最終回を読んでいたんですけど、最初は 「こんなのハッピーエンドに決まっとるやん」と思ってました。 でも改めて意見を聞くと、僕が考えている以上の意見をそれぞれ持たれていて… 「僕はなんて浅はかなんだろう」って思いましたね。 ーーー大童さんがハッピーエンドだと思った理由はなんですか? 大童 僕は人の恋愛なんかどうでもいいってタイプなんです。 その人の幸せとかはなにか、っていう部分に注目して判断しているので、かのんや境先輩の表情、反応を見てハッピーエンドかなと思いました。 僕が思うかのんのバッドエンドは、彼女の境先輩を好きな気持ちが周りをめちゃくちゃにしたあげく、境先輩が死んじゃうとかだったので、こうなってよかったねと思いましたね。 金城 よかったね、の部分は「再会できてよかったね」ですか?それとも「これからも一緒にいれるからよかったね」ですか? 大童 うーん、僕はかのんが先輩と一緒に居てずっと周りを巻き込んできた間、一度も不幸せだったとは思ってないんです。 なので、最終回のあとにこれからどうなろうが、かのんは幸せなんだと思います。 米代 そういうことか…ありがとうございます。 ーーー担当編集の金城さん自身は(ハッピーエンドかバッドエンド)どちらだと思われましたか? 金城 私は 一人のひとを高校のときから好きで、30歳を越えてもずっと好きだというのは「呪い」だと思ってました。 なので『あげくの果てのカノン』の最終回がハッピーエンドだとは考えてなかったんですよね。 人がひとつのものしか好きで居続けられないのは、本人もしんどいと思うので…。 でも会場の方々や大童さんの話を聞いて、とても深いと感じました。 こうなると気になるのは、 「人間にとっての幸せをなんだと思ってるか」ですよね。 私たちはいつ幸せなのか…。 米代 実際に物語を終わらせるときに、不倫もののラストって大体別れるか、別れて一緒に人生は歩めなかったけどきらめいた思い出だった、みたいなモノローグで終わることが多いと思ってたので『あげくの果てのカノン』のラストは違うものにしたいな、と考えてました。 かのんの幸せについてを考えると「境先輩に恋をする」こと以外、生きる実感が湧かないキャラクターなんです。 でも彼女自身も人間として成熟しようという決意を持って、一回離れてみた。 なのに境先輩を見た瞬間に、中毒的に先輩を好きでいてしまう、みたいな感じなので、あのラストはかのんにとってはハッピーエンドなんですよね。 米代 でも10年とか関係が続いた時に、穏やかな生活は送れないと思っていて、ずっと感情の乱高下を30歳40歳になっても続けていくのが、はたして幸せなんだろうか?とかいう意識はあります。 金城 そのこと考えたら、地獄みたいだよね。 大童 よくある「メンヘラは50歳になると治ってる」っていう…。 米代 体力が落ちるとまた変わってくるのかもしれませんね。 好きになることにも、好きじゃなくなることにも理由なんてない ーーー登場人物の中でこのキャラにだけは幸せになってほしかった、というキャラはいますか? 大童 います、弟のヒロ!弟~幸せになって~…! 米代 弟はちゃんと幸せになれると思う(笑) 大童 よかったぁ!かのんのことが好きだっていうのがずっと最後まであったので、どうなるのかなと思ってました。 米代 実はかのんよりも厄介な人間だったかもしれないですね。 金城 家族ってわかっててもずっと好きでしたからね。 ーーー米代さんは、たとえばスピンオフをするとしたら幸せになってほしいキャラとかいますか? 米代 金城さんと境先輩がかのんを好きになった理由を描かなきゃいけないんじゃないかって、連載中の打ち合わせでは話していて。 金城さんは 「好きになるのに理由なんて無いじゃん」って言ってて、私は「じゃあ好きじゃなくなることにも理由が無いわけじゃん、そんなの悲しすぎるでしょ」って思っていて。 でもそれがひとつの真理として存在していました。 初穂さんは、 本当にまったく理由がなく好かれなくなった人間なので、やっぱりごめんねと思っていて幸せになってほしいと思います。 ーーーそういえば、作中に初穂さんの再婚が判明するシーンがありましたよね。 米代 そうですね。 初穂さんは境先輩によってメンヘラ化されただけであって、基本的にすごい優秀なキャラクターとして描いていたので、 境に狂っていた自分を客観的に分析して次の恋愛に活かすことができる人だと思っていました。 (スピンオフを)描ける機会があったら、描いてみたいですね。 ーーーたとえばかのんと境先輩が結婚する、みたいな他に考えていたラストはありますか? 米代 はじめの方の設定段階で、 世界が滅亡したなかで、ふたりだけの誰にも祝福されない結婚式を挙げるみたいなイメージがあって、一応今のラストにも骨組みみたいな部分は残っているのかなと思います。 ふたりがヨリを戻して結ばれたとしても、誰も祝福しないと思うので。 ーーーありがとうございます。 それではこのトークの最後に、米代さんは今回の結末に関して、ハッピーエンドだったと思いますか?バッドエンドでしたか? 大童 あるいはどちらでもないか。 米代 うーん、本当にずるいと思うんですけど、 私はメリーバッドエンドっていうのをやりたかったんです。 メリーバッドエンドの概念って、当人たちは幸せでも周りは不幸とか、もしくは逆の場合とか、ハッピーともバッドとも言えないようなラストなんです。 なので、どっちでもありというか、 見る人次第で変わるようにしたかった気持ちはあります。 米代 実はあのラストで、かのんが先輩の手をとって出ていっちゃうシーンまで考えていました。 でも打ち合わせのなかで「そこまで描いていいのか」と思って、そこまで作中で言い切るよりも再会したシーンで終わらせて、その後どうなるのかを読者の考えに委ねよう、という終わりにしましたね。 ーーーありがとうございました。 この後は、米代先生と大童先生への質問コーナーや、サイン会が実施されました。 来場者とのコミュニケーションも多く、とても濃い1時間半のトークショーとなり『』のラストについてを、それぞれが深く考えた時間でした。 お話によると、米代先生はすでに新しい物語の制作に入られているそうです! 今後も「月刊!スピリッツ」で連載中の『』や、米代先生の新作ともに、両方合わせてお楽しみください! >> (取材・編集/).

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#1 ■スクエアリレイション■(前編)

挙げ句 の 果て の カノン 弟

世界が崩壊しても、片想いは終わらない。 押見修造 漫画家 、驚嘆。 志村貴子 漫画家 、恐怖。 村田沙耶香 小説家 、絶賛。 高月 こうづき かのん、23歳。 高校時代からストーカー的に想いを寄せる境 さかい 先輩と、 アルバイト先の喫茶店で再会を果たす。 でも、いけない。 先輩は世界の英雄で、そして他の人のモノだから。 ストーカー気質メンヘラ女子の痛すぎる恋に、共感の嵐です! 不安定な世界で、信仰のように一心に先輩に恋する 主人公・かのんに、 読者の方からは 「気持ち悪い! 」でも「可愛い! 」「目が離せない! 」と 大きな反響をいただいています。 発売直後から話題騒然、 売り切れ店続出、 緊急重版をした本作を、 ぜひ御一読ください! 面白い。 先輩に片思いをし続けて夢を見続ける主人公と、世界を救うヒーローの先輩の外面と内面。 主人公がなぜ先輩を好きでい続けるのかが、一巻の最終話でちらっと出てきて(逃避)、結局自己愛なんだなーというあたりがたまらない。 既婚者の先輩も、ふわふわの髪の毛に長い睫毛で、ヒーローなのにゲスで、そのゲスさに自覚的なのか自覚的じゃないのか、よく分からないあたりもよく描けてるなあと思いました。 「著者に恋愛経験が無いからそれなり」というレビューもありましたが、私はこれは「人間が最も愛しているのは自分だ(恋愛においても)。 だから、ハタから見たらとんでもないことでもする」ということを結構、突っ込んで描けている良作だと思います。 絵はそんなに上手い方では無いけれど、それはこれから上手くなられるでしょうし、テーマの良さから考えて絵はそんなに重要なポイントじゃ無いかな、と。 人間のエゴに思わず苦笑してしまう。 あるある、と思ってしまう。 オススメです。

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3月末で仕事を辞めることを両親に伝えていません。

挙げ句 の 果て の カノン 弟

なんつーか…こんな終わりか〜 と思ったので愚痴を述べます… 責難は成事にあらずだし、本気で批評したいならこういう展開にすべきだった、という代替案を提示しなきゃいけないんですけど、それはできないので単に悪口になってしまいますが、途中までは心の底からこの作品が好きだったからこそ最終巻が納得いかなくて、私の考えについて述べたいと思います。 ネタバレを含みます。 作品というのは物によりけりではあるけれども、ある程度のテーマというものがあって、それに対する作者なりの答えが提示されるべきものだという考えが私にはあります。 作家というのはあるテーマについて向き合って、凡人が辿り着けないようなところまで深く潜って行って、その先で何か答えのようなものを捕まえてそれを提示してくれると個人的に信じているところがあり、は、テーマに対する答えを提示してくれず行き当たりバッタリでみたいな感じで終わってしまったので…消化不良です。 それから10年…じゃねぇよ…という気持ち。 あとなんで本筋に関わってこない新キャラ出したんだろう…打ち切りになったのか?テコ入れ?人気あったのに? 勝手にわたしがこの作品が「人間は変化し続けるのに変わらない愛はあるのか?」というテーマについて向き合って答えを提示してくれるのだと期待してたのが悪いんだよな… 私はこの作品が結構好きで、最終回が掲載されている雑誌と単行本と両方で買ったので、どのように単行本において最終回が加筆修正されているかを確認し、その修正から作者がこの作品をどう扱ったのか考えたい。 最終回でカノンが同僚の女の子に先輩について尋ねられるシーン。 雑誌掲載版 雑誌掲載時には、「先輩のことは恨んでるくらいだし…」と語る。 表情も硬く、先輩に対してかつての信仰に似た感情だけでなく、怨みや憎しみのような感情も抱いていることがわかる。 また、カノンという曲をみても心を動かされた様子はなく、やや無関心な表情をしていることから、先輩との思い出に触れても心動かされないぐらい、先輩のことは忘れてきている。 そしてこのモーグ「遠く離れて生きてきた」のあとは、「二度と、引き戻されないように....... 」に続く。 単行本版 対して単行本ではそのように答えるシーンはカットされ、代わりに ? ゼリーが再び発見されたというSFっぽいシーンが挿入されている。 これはなんでなんだろう。 ゼリーがカノンの気持ちの象徴だとしたら、先輩と奥さんの愛の連携プレーによってボコボコにされて一度は消えたかのように思われたけど、水面下ではずっと生き延びていたということを示しているのかな? そして「遠く離れて生きてきた。 」のモーグは、「……もう、」「二度と、引き戻されてはいけない... 」に変更されている。 このようにカノンの感情については雑誌掲載時と単行本収録でかなり変化しているのて、その変更のすべてがカノンが10年間先輩のことを全く忘れられず今も大好き!という方向に修正されている。 こういうふうに変更されてしまうと、10年も離れていられたのが不思議だ(絶対にどこかで先輩を思い出して奇行に走ってそうだ)し、ますます共闘っぷりを見せつけられたぐらいで10年も離れる決意ができた理由が謎になってしまう。 生涯支え合うと誓いあった夫婦に対して、ルールも守れず人の感情を慮る事もできなかった自分が恥ずかしく、彼らが羨ましくなるところまではわかるんですけど、それでなぜあのストーカー的愛から離れようと決意できるのかが納得行かなかった。 普通の女の子であったら、10年も離れてりゃどんなに崇拝的に愛していた人であってもどうでもよくなるし 「女は運命の恋を忘れられる」というキャッチコピーもありましたよね 、むしろ死ね最低男くらい思ってて当然だと思うので、カノンが恨んでいると語るのは不自然ではない…のですが、カノンは普通の女の子では無いので先輩のことを恨んだりはしないんじゃないかなぁ。 というわけで単行本修正にあたってのカノンの感情の変化は私にとっては納得の行くものでした。 先輩すきすきが変わらないのは納得いくけれども、10年間本当に先輩に対するアクションを何も起こさなかったのかなぁ。 この雑誌掲載時と単行本収録時での変更から作者の方もかのんの恋愛感情が10年もつかどうかについてギリギリまで決めかねていたのかなぁという感じがします。 雑誌掲載版 単行本版 最終シーンは「ある日、 ゼリーが 襲来して」 のが追加されて「勝手に死んでいった」という表現から「その時に死んだ」に変えられていて、死んだ両親へのやるせなさといった感情の表現がなくなっています。 そして雨の情景の追加。 確かに「変わっていく人は変わらない愛を抱き続けられるか?」というテーマなのだとしたら、「変わらぬ気持ちを抱き続けられる人もいるが、それは恋ではない錯覚かもしれない」「生涯支え合おうとするその行為自体は輝かしい」というのがこの作品の答えなのかもしれないと、この感想を書いていて思いました。 初穂さんが幸せならいいんだ俺は... AntoniGaudi.

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